母のタイムスリップ日記
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2004年02月10日(火) かみ合わない話


 本来の母の姿の無い日だった。
痴呆となってもそれなりに母らしい所が変形しながらもある日々だった。
落ち着きが無く 気持ちや話がごちゃ混ぜになってしまっていた。

外に出る時「何処に行きたい?」と問えばそれなりに言えた。
たとえ「おかちゃんの所」も存在しなくとも 立派に行ってみたい場所に変わりは無い。
でも今日の母は言い表せないのである。考えると言うよりこちらが何を話しているかすら理解できていない風なのだ。
心ここにあらずといったものではない。一緒にいる事がとても嬉しそうなのだ。思考力停止状態というか纏まらないのである。

やはり面会を2日続けてお休みしてしまったのがいけなかったのだろうか?
良心がチクリと痛む。

何れ こういう風になるだろう…と想像は付いていた。
それは、母の言葉が後退していたからである。
だから、面会を休んではいけないな…と何処かで感じていた。
話しかけて 言葉を使う事が維持に繋がるだろう…と感じていた。
戻るだろうか?

そんな調子なのに…バスターミナルでバスを待っている時の事。
10分ほど待たなければならなかった。
いつもなら 周囲の人々、看板等に目が移り待つという事は全く気に掛けなかったのに…。
今日は、3分程で「こんな事していてもしょうがないでしょ」と言い出した。
「あと少しで来るよ」と言うと「なら待つね」と言いながら直ぐ「こんな事していてもしょうがないでしょ」と繰り返す。
「じゃ、歩いて行こうか?」と聞くと「遠いんでしょ。大分あるんでしょ」と言って来た。「そうだね、近くでは無いよ」と言うと「じゃ、しょうがないでしょ。嫌になる…」とまた振り出しに戻る。
たった10分の事だけれど何回も繰り返していた。
仕方がないので違うバスが移動する度に「あれかな」「「これかも知れない」「あ、間違ったね」と気を逸らせる様に言葉を掛けていた。
バス待ちの人は前後に並んでおり「何だろう…」としげしげと見られた。
そうだよね。でも病だから…仕方ないんだよね。
母も見られる事に不快感を持ったようである。相手だって同じ…。
こんな時見知らぬ人に聞かれもしないのに「痴呆です」なんてわざわざ説明してもねぇ〜。

そうこうしている内に、バスが来て母も納得して乗り込んだ。

母は、ほんとに「遠い」って判っていたのだろうか?
この所歩いているので。何処かで覚えているのかも知れない。トイレの便座に座る時だって「冷たいの?」と相変わらず聞いてくる…。
それを思うとやはり記憶されているのだろう。
そう、火傷の事だって忘れているけれど…先日の健康診断で採血した後の止血のばんそうこを入浴時外そうとしたら「これははがしてはいけないものなの」と言っていた。これも火傷の時の事を覚えているのだろう。

記憶力とは違う 判断力が鈍って来ているのだろうか?
こうやって痴呆はいろいろの能力が徐々に衰えて行くのだろうなぁ〜。
一気に悪くなる事も無いのだろうから…諦めずに母と楽しんでいこう。

今、弟2人がこちらに向かって車を走らせている。
午前零時あたりの到着らしい。
母に会うために来る訳ではないのでとても複雑な思いがする。
怒りは無いけれど…また失望してしまうのでは無いか…不安である。
ま、神様が母に会わなければならないように機会を作ってくださっているのかもしれない。そう思うしか無いだろう。


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