母のタイムスリップ日記
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2003年12月08日(月) 様々な形で…


 何かが有ったのだろう。
訪問先の方が お話を始めた。何処か寂しげで 今日はゆっくり話を伺った方がいいんだろうなと思った。おかしな話だけれど ほこりで死ぬ事はないのだから…。
それでも2.30分の事と思っていた。
けれどお話は1時間続いた。話は途中だったけれどあらかた話し終えた感じがしたので時計が時報を告げたのを機に席を立った。

誰でも「心」にひっかかって離れなくなってしまう事はある。
人との関係だと特にそうだろう。

お話を伺う事は そんなに苦痛ではない。
誰でもそうかというというとそうでもなくて…。「言い切りの文句ばかり」を並べ立てる方の話は結構きついような気がするが…。
迷い、悩み、揺れている方のお話は、苦境の自分に癒しすら与えてくれる。
「あー悩んで居られるのだなぁ。自分も同じだ。でも抜け出そうとしていらっしゃる…」とこちらが励まされてしまうのである。
だから、訪問している筈なのに逆に学ぶ事が多いのである。

人には様々考え方があると思う。
だから、人の有り様を批判等できない。疑問を抱く時はあるけれど…生き方まで否定する事は出来ない性分である。
利用者さんもそうだった。
非難しては いらっしゃるけれど そうする事で自分の心が硬くなって行く事の方が辛そうだった。
「判らなくなっているのよ」と言われる一方で「「しっかりしていらっしゃるから」と言われた事の腹立たしさがお有りだった。
年を取って来ると向けられやすい言葉である。
相手の方が いろいろ辛い思いをお持ちである事も十分承知していらした。

話して安堵なされたようで柔和なお顔が戻った。

利用者さんは、母の年齢に重なる。そして利用者さんにとっての私は 亡くなられた娘さんの年齢に重なるのである。
利用者さんが 私に娘さんを重ねていらっしゃるのを感じてもいる。

出来る限り、同調しないで耳を傾ける事も時に大切になってくる。


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