母のタイムスリップ日記
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母との一晩は、忙しいものだった。 でも、在宅で介護なされて居られる方なら当たり前の事だろうから…。
前回の排泄の失敗を踏まえて対処。だから、夜間の排泄の失敗は避けられた。 一緒に過ごして見ると排泄のサイクルに微妙な変化があるように感じる。 最終トイレ誘導が午前零時から1時に済ませれば翌朝5時くらいまでは持っていたものだが…。1時過ぎで1回。2時半で1回。が前回同様だ。 これじゃ、母だっておちおち寝てられないだろう。 また、畳で寝ている状態からの立ち上がりがかなり困難に成ってきている。どうも、左足が痛むようである。 施設でも畳だから 排泄したくとも立ち上がれないだろうし 失敗は目に見えている。
実は、最近の母は血圧がかなり上昇しており利尿剤を服用している。 これが、排泄のサイクルに変化を与えているのだろう。
排泄の失敗を 母は瞬間理解できている。 失敗を繰り返しているので、何等かの形で記憶されているようである。 しきりに「分からなくなったぁ〜」と言う。 朝、排便させる時もトイレに入って「さ、頑張ろうね」と声をかけると… 「最初にどうするか…分からなくてね。困ってしまうのよね…」と言い出す。「何のことだろう?」と理解不能に陥るがきっと硬い便を出す事を忘れているのかな?と想像した。(勝手な想像なのだけれど) お腹をマッサージして「いちにのさんっ」と声をかけていきむで貰う。 トイレで30分近く格闘した。 途中「もう降参する?」「嫌に成らない?」と聞いてみるのだが、今日は 「もう少し…」と出ようとしなかった。 感覚は失われていないのだろう。
薬の事 考えてしまう。 でも、もう少し様子を見てからにしようと思った。
火傷の処置の通院。 これだけ、頻繁に通院していると母にも記憶が残っている。 先生の顔を見るとニコニコして寄って行った。 場所の覚えも有るようである。 通院の度に「ここに来た事ある?」と昔から聞いていたのだが、最近の母の記憶では「始めてくる場所かずっと以前に来た所」という感覚しかなかった。でも、このところ直ぐ「来た事あるね」と反応する。
こういう場面を見ているとやはり施設の限界が見えてくる。 特に残存能力が残っている事を考えるとその維持をするためには、在宅がいいのだろう…と思う。 私自身の体との睨めっこは 当分続きそうである。
施設でももう少し「個」の能力維持に対して配慮して貰えたら…と思ってしまうのは私の介護放棄になるだろうか?
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