母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2003年12月09日(火) 風にも負けず…

介護仲間から高野悦子の「母 老いに負けなかった人生」をお借りして時間の隙間を使って読んでいる。
高野女史がお母様の介護に本格的に向き合った場面の一つ一つが自分が母に対処した時と似ていて驚いた。
介護って こんなにも似たような行動をとるものなのだと思った。

例えば食事。
食べない原因は違っているのだが…。
お母様が食事を摂ろうとなさらないので…。
「まずいかもしれませんが食べて下さい」と頼み しまいには土下座して頼むのである。
根本的に違う所は、彼女は本心からそう思って言われたのに対して 私は何回もの配膳が煩わしいので 母に土下座して「食べて下さい」と頼んだのである。だから、家の場合その言葉を受けた母は「勿体無い。私のような者に頭をそんなに下げて…ごめんなさい。食べます。私が悪かった」と同じく土下座をして謝っていやいや食事をするのだった。
私の言葉は 母を追い込んでしまうのであった。
でも、食べ始めれば「おいしい」と言うようになり極度の緊張も解けて行くのだけれど…。

本を読みながらそんな場面を思い起こしてしまった。

そういえば、こんな会話もあった。
母に「あのね、お腹が痛いと言うけれど さっき通院して お医者さんは何処も悪くないって言ってたでしょ。痛い事は本当だと思うけれど…少しの我慢できないかなぁ〜。運動するとかで工夫してみようよ。こんな事何回も言いたくないよ」と言うと…。
「私にそうやって意見してくれる人はおかちゃん以外にないと思ったけれど…。こうやって言ってくれる事 ありがたいよ。これからも、間違っている時はちゃんと言ってくださいね。ほんと私は我儘だから…」と返って来るのだった。
今振り返れば、私の言葉で母を萎縮させていたのでは…と思ったりもする。

長い介護の時を経て 時に私を「おかちゃん」と呼ぶ時もある。
考えれば、母の言葉を 行きつ戻りつ受け容れている内に「おかちゃん」として仕立て上げられてしまったのではないか…なんて感じたりもする。

おかちゃん程の優しさと強さを持ち合わせてはいないから まだまだ役不足だろうけれど…。

今日は、晴れてよいお天気だったけれど外は冷たい風が吹いていた。
それでも、母は外に出たいと言った。
散歩の足取りも軽かった。1時間ほど川べりを歩いてファミレスでお茶にした。一息入れて更に歩いた。
元気いっぱいの母である。


はな |MAILHomePage

My追加