母のタイムスリップ日記
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2003年11月11日(火) 数年しゃべらなかったけれど…


 以前にも触れた事があるかも知れない。
痴呆の家族を介護なさって居られる方が
「もう、会話がなくなって数年です。話さないんですよ。表情も変わりません。私は ただ エンシアを与えるだけです。それが世話になった御礼です。つとめです」と淡々と話された。
一瞬 掛ける言葉が浮かばなかった。
「大変ですね。でも声は届いていると思いますよ」と言うのがやっと。
その事だけは、確信があったから。
一年近く経った頃「『有難う』と言葉を発しました」と言われた。
それ以来 「意味不明の言葉が多いけれど煩い程に言葉を言うようになりました」と教えてくださった。

痴呆症の場合、本人がどうしてそうするかが正確に捉えきれない。
「能力が落ちた」と受け止めるのが自然なのだろう…。
でも そういった話を伺うと萎える心に励みを与えてもらえる。

介護をしていると思いもかけない奇行に振り回され疲労困憊の状態になったり、絶望の淵に追い込まれる事がある。
でも、こちらが理解できない所で何かを理解していると思うと介護をおろそかには出来ないと心が引き締まる。

今も萎えそうになると その話を思い出して心の緩みを支えて貰っている。
頑張りすぎず 手を抜かない…。

昨日の母は少し意識度が高かった。
いつも通り母の言葉の流れからの想像なのだけれど…。
久々に長男の名前を口にした。勿論息子と言う意識はあるようだった。
それは、外の景色を眺めている時だった。
「あそこは、○○のいる所だ。何時になったら帰ってくるのだろう。全くしょうがないんだなぁ〜。ほら 白い服を着た人が待っているでしょう」
母の視線の先を見るとマンションのベランダに白いタオルのような物が干してあった。
目が悪くなったかなとも思うけれど新聞や本はめがねなしでちゃんと読めるのでそういう事も無いのだろう。
風景に心象を取り込むのだろうか?
息子に会いたいのかな?この間は次男の名前を言っていたなぁ〜。

この所面会に行かなかった翌日 テーブルを見るのだが、作業をした形跡がない。
「ここは、何もしないでテレビの前にいるんだよ」と不満げに言う母に久しぶりに出会った。
丁度 楽譜を持っていったので母に渡すと「これこれ」と言って張り切って歌いだした。
楽譜があればいつも歌いだすわけではない。置きっぱなしにしていたり、同じ物を出すと全く興味を示さないのである。少し歌って直ぐ止めてしまう。
この辺りは、当たり前の感覚だなぁ。
忘れている筈なのに…不思議な感覚である。

こちらは、生活に追われているので いつもいつも母の事だけ考えてはいられない。わが身を施設に向かわせるだけの時だって多くなる。

たった3枚の楽譜に活力を見出す母をみると「もっと頑張れよ。楽してるんだから…」と自分にはっぱをかけずに居られなくなってしまう。


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