母のタイムスリップ日記
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2003年11月06日(木) 屋根裏で…タイムスリップ


 明日は不燃ごみの回収だから 屋根裏に上った。
ちょい置きの物が溜まっているから…。

ぱなっしのPC。もう、回収は電機屋さんかメーカーしか回収してくれない…
XPの入っていた箱。どうしよう…と悩んだけれど修理の時困るかなぁと取ってある。でも場所取るんだよねぇ。
見ただけで気が遠くなってくるけれど…やるしかない。
「気をつけよう。余計な事に目を向けない」と言い聞かせて始めたのだけれど…。本の間から母の日記と手紙が出てきた。
つい読んでしまった。
手紙は、ふるさとの居た時お世話になった医師に向けた物の下書きである。
そして、日記は こちらに来た頃の食事日記に少しの感想が書いてある。
両方とも「母に書いてみたら…」と勧めたのであった。

気乗りがしなくて「何を書けばよいのやら…」と考え考え書いた物である。
あの時は、変な文と思ったけれど…今はとても書けないし文字だって綺麗だった。

平成6年だった。
こっちに住みだして9年かぁ〜。
痴呆が始まってはいたけれど、まだ、入り口だった。
ちゃんと「こちらで暮らします」と書いてあった。
デイにも行かず一日中一緒で毎日 あちこち外出していた事やお手伝いしていた事が書いてある。
出かけて季節の移り変わりを見てくるのが楽しむのは 今も変わりない。

隅のほうに母の編み物、刺し子、解いた着物等みかんのダンボールに一箱有った。この何倍もの物をバザーに出していたのだ。
もう、ここまでの事は出来ないだろう。

9年と言う月日を考えれば ゆっくりとしているけれど、でも 対応に苦慮した事が山のようにあったなぁ。

全ての事を繋ぎ合わせた記憶にはならないけれど…何だか 腹を立ててばかりだったような…そんな場面しか浮かんで来ない。
介護の期間が短い儘 見送ってしまったらこんな気持ちなのかなと思った。
だとしたら、やはり 辛いかもしれない。

出来なくなった事を数えてみても始まらない。

母の記憶は、虫眼鏡で見ているかのようである。
レンズに入りきらないところは、全く見えない筈。
そのレンズの倍率もどんどん高くなって来ている。
でも 未だ見えているから…いい。

手紙や日記を処分する気になれなくて 母の作品と一緒に整理し直して収めた。そのうちカメラに収めてみよう。


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