母のタイムスリップ日記
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2003年10月29日(水) 覚えていたんだね


 遠出をしたくなるような「いい日」。
でも、やっぱり入浴させたいのである。
戻ってからお風呂だと疲労度がなぁ〜。

今日は、少し贅沢をして外食にした。母は、懐石料理のコース。私は質素に。。。。
8品にデザートも付いたものを全量食べきった。「おいしかった〜」というのだから…。お零れが出るかと思ったけれどなかったぁ〜。

家に向かってバスに乗ったけれど途中下車。
時間にゆとりがあるので予てから「連れて行こう」と思っていた場所に向かった。在宅時に通所していたデイである。職員にも「機会を見て連れて行きます」と約束していたのだった。
この2月脳出血を起こし、言葉も失い、歩行困難、自立の食事が出来ない状態で病院に行った時、隣のデイの建物を見て「学校だぁ」って言った事は私の心にしっかり焼き付いている。
あの言葉で「判っている」と確信が持てたのだ。
あれからもう、8ヶ月も経ったんだなぁ〜。

バスを降りて歩く道は 通所の折のバスコースである。
母は「来た事ないよ」と言いながら「見た事有るなぁ」に変わって行った。
建物の前に来た時は、それでも「来た事あるかも」とぼんやりとした記憶だった。
玄関を入ると職員が顔を出して引っ込んだ。
が、直ぐに数人の職員と共にパタパタと玄関まで出ていらした。
母の顔が綻んで行く。「久しぶり」「覚えている」矢継ぎ早に話かけられて「覚えている…」と答える母。その顔は、最近なかなか見られない輝く笑顔である。「みんなの所に行きましょう」とデイの仲間の所に移動。
デイでは、ひとつのグループは絵を描いていて、もうひとつのグループは歌っていた。
母の姿をみて職員がまた走り寄ってくれる。肩を抱いたり、握手したり…。
母の目には涙が光っている。
そうなんだ…。こんな風に愛して貰っていたんだよねぇ〜。
「さっき、○○(母の名)さんの話を下ばかりだったのよ。偶然ってあるのよね」と口々に言われた。
通所している頃は意識しなかったけれど、このデイには7年通ったのだなぁ。
「ちょっと背が低くなったね。だって、私と同じくらいだったでしょ」と言われた。「ほんと変わらないわね。何より歩けるもの…」
見れば、あの頃のお仲間は、殆どが車椅子でありなくなった方も居る。
やはり、母は特別だ。

あの頃一緒に散歩をした方は今要介護5である。でも、私の顔を見た時「知っているよ」と瞬間 表情が変わった。傍にいた職員も見逃さなかった。
「判っているぅ」相変わらず良く観察なさって居られる。
「悪くなってね」とご家族からは伺っていたけれど、とてもお元気である。むしろ介護なさって居られるご主人や奥様たちの方がお疲れが見えてとても心配。
皆さん、80をとうに越えられて介護なさっておられるから。
きめ細かく介護なさって居られるからこそここまでお元気なのである。
その苦労を想像するだけで、切ない気持ちになってしまう。
私の介護なんて手抜きもいい所であるとつくづく思う。
あまり長居してご迷惑をかけてはいけないので次の作業に移る前に部屋を後にした。玄関に行こうとしたら後ろからパタパタ追って来る音がした。
「○○さん着てるって聞いて走ってきたのよ」と。
また、そこで立ち話…。
ほんとにほんとに愛して下さって有難う…。

デイの建物を出ても母は覚えていた。「嬉しかった」とはっきり言った。

心触れ合う時間が持てて 良かった。何よりの一日だったと思う。
ひょっとして、息子達と会った時より心触れ合ったのでは…そしていい笑顔だったのではないかなぁ。




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