母のタイムスリップ日記
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2003年10月18日(土) にんじん剥いて…

 リハビリの日である。
早い時間に母を迎えに行き 今日もまた、乗り継ぐひとつ手前でバスを降りて歩いた。少しだけお店を見て また バスに乗り家に向かった。
バス停からは 2.3分の距離だが ここにも短いけれどきつい坂がある。
「大丈夫?」と坂を前に聞くと「大丈夫よ」と言う返事。
えっちら、おっちら坂を上った。
家に入ると「いいねえ」とつくづくと庭を眺めていた。
ちょっとぼんやり気味の母だったけれど 外にでて少し回路が繋がり出したように感じた。
医学的にどうかは知らないけれど、外に出たりぴったり傍について話しかけていると脳の回路が繋がるような気がする。
少なくとも 母は そうである。

直ぐに昼ごはんにした。
「おいしいよ」とよく食べた。茶もしっかり飲んだ。
食後「柿を食べる?」と聞くと「食べたい」と言うので 今日は意識してお皿の上に柿を載せてナイフを渡した。始めこそナイフで剥いたけれど直ぐに剥けた所から実を食べ始めた。剥きやすいように半分に切って渡したのだけれど…。半分食べたところで止めた。仕方ないので残りの分は剥いてあげた。
食後の散歩に出た。「雨が…。嫌だよ」と言ったけれど大したことも無いので歩き出した。でも半分くらいから量も多くなったので近道に変えて家に戻った。丁度足が疲れたという事でいい塩梅だった。
家で一眠り。15分くらいだったと思う。
気持ちよく目覚めたようである。
そこに療法士さん到着。
母は、誰と認識できては居ないようだがでも布団のところに行き横になった。向きを替えるようにとの指示にも直ぐに反応できていた。

リハが終えると座って両手をついて「有難うございました」とお礼を言っていた。この挨拶ができる母は 得な性分だなと思う。
今日、介護士さんも言っていた。「いつも『有難う』と言われるのですよ。大したこともしないのに…というと『とんでもございません』と言われるのですよ。こちらも気持ちがスーッとしてきます」と言われたばかりである。

その後お茶を飲んで、夕食の支度を始めた。
「にんじん剥いてくれる?」と言うと「いいよ」との返事。
テーブルに紙を敷いてにんじんを渡した。このにんじんは大きい。
直径6センチ強で長さが20センチくらい。
果物ナイフで剥いて貰った。
さっきは柿でずるしたけれど…今度はどうだろうかと思った。
作業をするのでCDをかけた。賛美歌のCDである。ボリュームをかなり上げた
ので母にも聞こえているようだった。
こちらも里芋を10個ばかり皮を剥いた。
母の所を見ると3分の1向き終わったとこだった。「嫌にならない?」と聞くと「大丈夫」と言うので更に続けて貰った。
ちょっと調子に乗りすぎて煮物の方に掛かりきりとなってしまった。
ふと母を見ると目に涙が溜まっていた。
「嫌になったねぇ」というと「うん」という。
でも全部剥き終えていた。「ありがとう」と言ったら「いいえ」と言う返事だった。
でも、涙は止まらないらしく「どうして涙が出るのだろう…?」と言う。
ひょっとしたら、賛美歌のせいだったのかな?
母は、お祈りをする時いつも泣いていたなぁ…。

その後料理の味見をしてもらったりしながら 聖書を読んで貰った。
味見のたびに「おいしい」を連発。
にんじんを千切りしていたら「何をしてるの?」としきりに聞いてくる。
てんぷらを揚げ始めると傍に来て揚げたてを味見した。
こんな風景は 久々である。
料理作りにちょっとだけの参加だったけれど…これだけでも随分変わる物だと驚いた。

夕食は、全部食べて(私と同量)それからデザートも食べて今日もまたお腹がパンパン状態で二人で笑ってしまった。

その後入浴。今日はトイレでもあまり無理を言わなかったので「熱い」とか不機嫌になる事は無かった。
歯も磨き パジャマを着込んだ上に服を着て娘の運転で施設に帰った。

表現する言葉は、だんだん 少なくなってきている。固有名詞が少なくなってきている。でも、未だちゃんと通じる事が嬉しい。
そして何より、言葉がけをしているうちに言葉も多少戻る事が嬉しい。




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