母のタイムスリップ日記
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2003年10月15日(水) 「もうしないでね」


 弟から電話が来た。
明日は父の命日で久しぶりに実家に寄ろうと思うと言っていた。
「こっちは?」と言う言葉を飲み込む。
母の様子を聞かれ説明の仕様もなく「大きな変化は無い」とだけ伝えた。
相変わらずお嫁さんカバーで…。
こちらの状況を思いやるという事は無い。
GHに託しているから気楽に介護していると思っているのだろうなぁ。
電話して来ただけ良いと前向きに受け止める事にした。

母の所に出向き美容院に連れて出た。
今日の母は、何故か落ち着きが無い。ロットを巻いてもらっている時はコックリコックリしていたのだが…。パーマ液を付けて定着するのを待っている時首のタオルを外そうとしたりビニールのカバーを着たまま畳もうとしたり…。美容士さんが機転を利かせて新しいタオルを母に渡してくれて それをひざの上で綺麗に畳んでは広げ畳んでは広げで時間稼ぎをした。
仕上がった時、「あら、随分綺麗になって…」とにこやかな笑みを見せた。
シャンプー台から鏡の前に。鏡の前から待合の椅子へと移動するたびにふらつきなかなか大変そうだった。
「足が痛い」と出掛けに訴えてはいたがあまり気に留めないで居たが…。
ちょっと、調子よくないなあ。

今日は夫も娘も夕食は要らないと言っていた。
夫は仕事先で夕食。娘は久々に教授とゼミ仲間と集う。
母と外食でもして…なんて考えていたけれどお豆やお野菜等たっぷりとって欲しかったので家に戻って食事してもらう事にした。
タイミングよく母の好きなお豆も煮ていた。

おつゆは、野菜たっぷりのきりたんぽにした。南瓜煮 ほうれん草とコーンのバター炒め 煮魚、蛸のお刺身 なすの煮びたし なすの漬物。
出来た順からテーブルに載せて先に食べ始めて貰った。
その方が母もゆっくり出来そうだった。

途中でご飯をよそった。すると母は「湯気が出てるぅ」と喜んだ。

母は、次々 よく食べた。
もう入らないよと言う所まで食べていた。
トイレに誘った時母のお腹に触れたらはちきれそうだった。
「いやぁ〜。これは食べすぎじゃなくて 大が溜まっているのじゃないか」と直感。少しお腹をマッサージしてみたがなかなか出てこない。
「でる?」「「うーん?」
こんなやり取りを数回したが出てこ無いので諦めてお尻を拭いて見たらちょっと付いて来た。出ると思い「もう一度座ってね」と更にいきんで貰った。
でも出ない。少し強くお腹を擦ったら「痛い」を連発。
もう肛門まで出掛かっているのだからと諦めきれない私は最後の手段で肛門にワセリンを塗った。
「嫌だ。もうしないでね」と母は、訴えたので1回塗っただけ。
そりゃ、長い時間トイレでいきみ、お腹は押されて痛いし、おまけに肛門にオイル塗られれば…嫌だよね。
でもこれが在宅では当たり前だったし、母もここまで嫌がらなかった。
あの頃は我慢してくれていたのかな?

それでもワセリン塗布後 すんなりと大が出てきた。めでたしめでたし。
相当量のものだった。

それから、入浴。美容院に行っているので洗髪はしないでよいので楽勝である。でも、着替えの時足が痛くパンツが脱げないと訴えられた。
スルッと引いてあげると直ぐに抜けたので母は「こんなに簡単に脱げるなんて…」と驚いていた。
体を洗っているときも足が痛いという。
いつもは左足なのだけれど今日は右足。それも母は「右の足が痛い」と言えた。「ここが痛い」と痛いところを擦るのがこのごろの母だったのに…。
ちゃんと言葉で表現で来ていた。

よく見ると右足にかなりの浮腫みがあった。
浴槽に入ってから足をマッサージしてあげた。でも私は服を着たままなので浴槽の中で足を上げてもらうしかなかった。母は、滑りそうで怖いと言うので長い時間はしなかった。
風呂が熱いと久々に大騒ぎ。「あんたは痛いことばかりする」とご機嫌斜め。「ごめん。気が付かなくて…」と謝ると「いや、良いんだ」と苦笑い。
「私は弱虫でお腹が痛いと騒ぐからね」と低姿勢に変わった。
こんな変わり方も珍しい。

やっぱり「嫌」と言われた事をしてしまったら直ぐに止めて謝る方が母にとってはいいのかな?
でも排便はの時は 同じ事してしまうかもね。

風呂上りなので、タクシーを呼んで湯冷めしないようにした。
施設に戻ったのは7時を回っていた。






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