母のタイムスリップ日記
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2003年10月05日(日) ある方のホームページから。


痴呆は、いつまでも同じ状態ではいない。
だから、良いと思う事は 二度三度拒否に合っても諦めずに再度試みる方が良いと思う。無理は禁物だけれど…。
もう 出来なくなったから…と思う事も時として試してみると案外そうでない事もある。

ある方は、寝たきりになってしまったご主人を介護しながら…なんかの機会にひょっとしたら…といつも思われていらっしゃる。

力を込めて言うわけではない。
「出来るだろう」と言う期待を込めてしまうと出来なかった時の失望が生まれる。なんとなくやってみる。それが、コツかもしれない。
いつでも引く心構えを持っていれば 何かが掴めるかも知れない。

そんな事をぼんやりと考えていた。
ある方のホームページ…。よくお訪ねするホームページ。
最近ご主人が食事中すら眠ってしまう。表情がなくなった…。と書かれていた。ロムしながら、進行なさったのかなぁ〜と感じていた。

でも、先日 ご主人を連れて(友人の手も借りて)夜 車に乗って かなり遠くまでお出かけなされたようであった。
その時のご主人の表情がアップされていてそれがとてもいい表情をなさっていた。判るのである。いつもと違う景色や空気が脳を刺激したのだろうか?
その後もお散歩に出る時の意思表示も出てくるようになり表情も出て来ているとあった。
連れ出す事は かなりのエネルギーを使う。
当人は勿論介護する者にとっても…。
でも、いい形で変化していく時 介護者の苦労は緩和されると思う。

人の力をお借りするのは、心苦しい。
でも、相手は 自分が思うほど 大変と思わないものである。
私は、両方の経験がある。
特に相手の役に立てた時の満足感は何事にも替えがたい。また、その場で学ぶ事がたくさんある。それが替えがたい報酬である。
いや、いつでも声をかけて下さいといってくれる人でなければ 無理だとは思うけれど…。

もうひとつ。
それも よく訪問させていただくホームページ。
そこに本の紹介があった。痴呆の事について書かれた本である。
その方は、痴呆者の「透明な笑顔」と言う言葉に惹かれて本を買われた様である。
母を見ていてそう感じていた。
打算のない姿である。
以前なら忘れてしまった事を「忘れた」と言う時にはかなり悲しい表情が見て取れた。
でも最近の母は「忘れちゃった」と言う時に悲しい表情がない。
むしろ「忘れちゃった」と言いながら笑顔がある。
卓越という事は出来ないのだろうけれど…。拘らない笑顔である。
打算もない。
母の拘りに振り回されていた頃の事を思う時、ひょっとして拘りを持たせたのは私自身の対応のまずさからではなかったのか…と思うほどである。

嫌な思いもするだろうけれど…。
それが積み重なれば、表情にも出るけれど…。
それさえ 避ければ きっと母は心地よくすごせるのだろう。

面白い事、楽しい事を余計な事を考えずに笑顔に表せるっていい事だろう。
私は 今 そういう母がとっても好きであり愛しい。
ある意味で痴呆は怖くないとさえ思い始めている。

さ、私も本を読んでみようかな…。


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