母のタイムスリップ日記
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2003年10月04日(土) 何処から何処まで…


 母を迎えに行くとホールの机に時折 顔を突っ伏したりした。
お腹の調子がいまいちなのだろう。という事は意識がしっかりしているのかな?お腹の微妙な変化に気が向くときは意識度が高いように感じている。
「出かけよう」と声をかけると「何処へいくの?」と言う。
私を指して見せると「ふーん」と言った。
「何処かわかるの?」と聞くと「あんたの家でしょ」だって。
判ってるみたいだなぁ。

娘の車で家に着いた。途中、駅の前に差し掛かったとき「これで降りるの?」と聞いてきた。そうなんだよね。バスなら、ここで乗換えなんだよ。
そこは、判るみたいだけれど、乗っているのはバスでないんだよ。
そこが、イマイチ判らないようである。

玄関を入ると「また来たよ。誰もいないね」
お腹が空いているようだったので ダイニングに入り即おやつにした。
私がキッチンに入ると「おいしい物が出るんだね」と言う。
「ふーむ。一体どうしたと言うのだろう?」
おやつを食べ始める頃 お日様が雲にもぐり込み少し暗くなった。
「もう5時になるね」と言う母。
母の所からは、私の陰となって時計は見えない。どうして5時なんだろうと不思議だった。「いや、まだ3時前よ」とだけ伝えた。

じゃが芋をレンジでチンして出した。バターも塩もつけないのに「おいしい」と食べた。ちょっと、味見したらやっぱり何も付けなくとも十分おいしかった。
お茶もたっぷり飲んだ頃、療法士さんが見えた。
母は「こんにちは」と挨拶をするものの 療法士さんと判らなくてお客さんと思っていたようだった。
マッサージを受けている間に 母は軽い寝息を立てた。向きを替えるからと声をかけると直ぐ反応して動くのだけれどまた直ぐ眠るのだった。
リハが終了すると 丁寧に5回も両手を付いて「有難うございました」とお礼を言っていた。この時は、リハをしてくれた人と判るのだろう。
療法士さんは、母がお礼を言うたびに「いいえ、どういたしまして」とまじめに対応下さった。
療法士さんには気の毒だけれど、お礼を言わないよりはいいだろうと思う事にした。  

その後トイレに誘導。
「今日は大 出ているのかな?」と聞くと「出ているよ」と言う。
確かにお尻を拭くと大の痕跡が付いてきたので本当だろうと思った。
「あんたは出たの?」と聞いてきた。
「出ないよ」と言ったら「そうなんだよねぇ〜」と言われた。
どうして「そうなんだよね」なのだろう?不思議な言葉だった。

入浴後も頭を乾かす時も「どうも有難う」を連発だった。
ちょっと休息している間、洗濯した母のパジャマやタオルを畳んでいると…
「あら、洗ってくれたのね。どうも有難う」と言った。
いつもは気にも留めなくなっているのに、今日は自分の物だと認識できるようである。

帰り支度をして外に出ると向かいの奥さんが母に挨拶するためにわざわざ出て要らした。
すると母は、「お久しぶりです」と挨拶したのだ。
少しの間、おしゃべりを交したが…ちゃんと会話になっていた。
ほんとに判っているかのようである。

でも、母は「そろそろ家に帰らなければ…」と言う。
「何でかえるの?」と聞くと「歩いてよ」とすましている。

何がわかっていて何がわからないのか…。

今日もワークをしたし、新しい物をコピーしておいた。
母は、幾度も読み返していた。
「考える」という事は、頭の何かを刺激するのだろう。


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