母のタイムスリップ日記
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2003年09月24日(水) 大丈夫 だいじょうぶ ダイジョウブ!


 この所 娘が母の所に良く出向いている。
昨日は、娘の友人で母の写真を携帯の待ち受け画面にしている人も一緒だった。娘たちは、母に会う事を楽しみにはしているが、他の方とも遊ぶのである。昨日は 風船で遊んだらしい。
ちょっと、乗りすぎてI氏から「うるさい」と言われたらしい。
でも、一緒に遊んでいる人が「ちょっと我慢してよ」と言った風に言ってくれて I さんは我慢してくれたらしい。

「行かねばならない」「遊んでやる」と言った風の訪問は して欲しくない。一緒に楽しめる姿勢なら「嬉しい」
今は、きっと 楽しめるようになってきているのだと思う。
ちょっと、大人になってきたかな?と思ったりもする。

じゃ、家では良い娘でしょうか?「ぶぶーっ」なのでありまする。
私の望みが高すぎるのでしょうか?

今日から夏期休暇の筈の娘。
でも 昼過ぎに私を施設に送ってから 会社に出て行きました。

今日の母は「お帰りモード」だった。
先日、ジュンさんが掲示板に書き込まれたのと似ています。
「帰らなくちゃ」「帰りたいの?」「帰りたいわけじゃない」
こんな問答が、何回かあった。
下を向いてしまうのも先日と同じである。
「おかちゃん」も連呼。
「今日は泣きたい日?」と聞くと「うん。涙が出る日」と言う。
「どうしてだろうね?」と聞くと「…」
話は半分聞いて半分は自分の世界である。
ふるさとの教会にお礼状を書いて貰った。お手本は書いて渡した。
最初は、お手本の文字を旧かな使いにして書き出した。「やったね」と思っていたら…だんだん書けなくなってきた。
行を間違えてはいけないと声を出して読んで上げたら混乱してしまった。
きちんと聞き取れないのである。たとえば「教会」と言えば「朝会」に聞こえてしまうようであった。
そんなこんなで、書き間違いを幾度も直してようやく一枚のはがきを書き終えた。
気がそぞろだからなのだろうか?

あまりに「おかちゃん」を連呼するので古いアルバムを出してみた。
今まであまり興味を示さなかったけれど今日の反応は上々であった。
子供の頃の家族写真2枚をみてまず「家のお父さん」「自分」「息子2人」そして私。きちんと判りとても嬉しそうだった。
その後祖母と母の写真(奈良で撮ったもの)
祖母の写真を軽く数回 指で撫でていた。やはり、いとおしいのだろう。
そして、仕事をしていた頃の母の写真。同僚との写真に興味を示しかなりじっくり眺めていた。
顔の表情も違ってきていてほっとした。
でも、それも一時的だった。

また、雲行きが怪しくなったので入浴。
気温が低くなってきたので浴室は先に温めておいた。
そして、お湯の温度もちゃんと見ておいた。
それでも、冷え切った体には熱かったらしい。
「熱い」と言われる前に「ごめんね。少し熱いかもしれないよ」と何回も言って置いた。すると母は「少しだけ熱いけれど大丈夫」とまあまあの反応だった。「熱い」と怒られずに済みほっとした。

風呂から上がってもやっぱり「家に帰る」とそわそわ。
仕方が無いので水分補給して「家に帰ろうね」と帰路に着く。

今日の母、施設の玄関では「学校」と言った。
先日のように「私の家」とは言わなかった。
居室に戻ってもやっぱり「かえるぅ」なのであった。
「判った。明日帰ろうね」と言っては見るも直ぐに忘れてしまう。
少し落ち着くまで傍にいて、横になったを機に帰り支度をして家に向かった。

やはり、気圧の関係だろうか?
状態がいまいちの母だった。
「そのうち、きっと 戻る日が必ず来る」そう信じるしかない。
「大丈夫」と幾度も自分に言い聞かせた一日であった。



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