母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2003年07月07日(月) 私の役目は?


 利用者さんを訪問すると「待ってましたよ」という声でお迎えを受けた。
玄関に入った途端、矢継ぎ早に昨日の様子をお話なさった。
どうやら、昨日の日曜、息子さん家族2組と亡くなった娘さんさんのご家族全員が利用者さん宅に集まって「元気になってよかった会」を開かれたらしい。

ひょっとするとご家族は 他の用で集われた可能性もある。
でも、利用者さんは そう信じているのだから 私もそう思うことにした。
ひ孫さんまで集われ、利用者さんは「おでん」を作り後は皆さん持ち寄りだったと言っていた。
利用者さんは、とてもうれしかったご様子で 少し興奮気味だった。

きっと、その事が影響しているのだろうと思うのだが…。
「今日は、食器の入れ替えをしてほしいの」と言われた。
ご家族があちこちに入れたから…という事だったが、きちんと片付いていた。
そんなに多くの食器がある訳でないので直ぐに終わるだろうと思っていた。
それでも、先に洗濯機を回しておいた。

お聞きしながら 順番に 移動させて行ったのだが…。
どうにも腑に落ちない行動が起きた。
先に食器棚を整理して「ありがとう。とっても綺麗になってよかった」と言われたので、カップボードに移った。すると、利用者さんは整理の終えた筈の食器棚をごそごそとまた整理し直す。
カップボードから、日用品棚に移ると今度は食器棚とカップボードを行ったりきたりして食器を移動する。

そういえば、母にもこんな時が有ったなあ。
母の場合は、衣類のたんすだった。
使いやすいように、衣類を種類別に収納してあげると「ありがとう」と言いながらふと見るとまた、ゴチャゴチャに移動させていた。
仕方がないので、毎日使う必要な衣類は、篭を準備して見える所に置いて上げた事があった。
母の行動に「心配性ね」と笑い出しながら後始末をしたものだが…。

利用者さんを笑う事はできない。
成されるままに様子を見守った。

きっと、昨日大勢の方がいらして「あれは何処に行ったかしら?これは、何処かしら?」と探すことが多かったのだろうなあ。
そういう、不自由さを解消したいので整理しかったのだろうな。

整理しているとゴミ等も出てきたのでそれらを分別しながら片付けた。
洗濯物を干すころには、もう 納得成されたようで落ち着いて「帰る時間大丈夫?」と尋ねていらした。
「昼食は、何かお作りしましょうか?」と尋ねると「今日は、おなかいっぱいだから大丈夫」と言う。
確かに、訪問した時はテーブルにご飯があって残りを召し上がっていたから今はお腹が空いていないだろう。
でも、買い物を思い出したらしく「トイレットペーパーを買いたい」と言われた。そこから、「昼食はサンドイッチでも買うわ」と連想できたようだった。

買い物を済ませて、戻った。
でも、よく考えてみるとトイレットペーパーは 2週前に買い足したような気がした。トイレの棚に収めた気がしたので見に行くともう無くなり掛けていた。一人暮らしで、こんなに使うのか…。ちょっと、量が多いかな?
トイレ以外で、使うこともあるのかな?

気になりながらも しばらく様子を見る事にした。

活動報告書を書いていると…。
「誰にも 迷惑をかけないで一人でやって行きたいのです。娘が亡くなってから喪失感はありましたが何とか乗り超えました」
「でもね、この間のような事(軽い脳出血が起きた)があるとね。
あの時「手も足もちゃんとしているのに動けないんだな。言葉も話そうとしても話せない。どうしたんだろう?なぜ、こんなに出来なくなったのだろう?」
と思って悲しくなっていたんですよ」と話された。
それを聞いて、母の急変時の事を思い出した。
母も、やっぱり 同じ思いだったのだろうな。
この方の痴呆は、まだまだ軽いけれど…。母は、もっと痴呆が進んでいるけれど…。
やはり、感じる力はあるのだな…。

今日の訪問は、利用者さんから見れば、棚の整理をしてもらったと思うだろうけれど、活動はやっぱり「見守り」の一語に尽きるような気がする。
私の役目は、やっぱり「見守り」だろうなぁ。






はな |MAILHomePage

My追加