母のタイムスリップ日記
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2003年07月08日(火) …無力であれ徒労であれ…


 面会に行こうと思うのだ…。
でも、腰が重い。怠け病の兆候か?

今日は、小雨が降っていた。バスで行こうと思った。
目の前にバスが来ていた。
階段を数段と5.6メートル走れば、バスに乗れた。
運転手さんにも見えていたと思う。
でも、無常にもバスは発車してしまった。
今日は、母のトレーニングパンツを18枚と洗濯した衣類を持っていた。

ちょっと、がっかりしてしまったけど、気を取り直して歩いた。
バスは、遠回りだ。街道を早足で直進すれば、次の信号で出会う。
そう思って、少し早足で歩いた。
いや、バスに乗ろうと思った訳でなく「負けないぞ」と思っただけ。
でも、今日は道が空いていたのだろう。ちょっと早めにバスは信号を左折していってしまった。

でも いいんだ。私の健康のためにも、腰の重い私にやる気を起こすためにも歩いたほうがいいんだから。

母は、珍しくテレビを見ていた。聞こえは悪いはずなのに画面から視線を外さずにいた。こんな日もあるんだな。
だから、手作業が進んでいないのかな?

オムツや衣類を納めて、トイレや床等を拭いた。

今日は、枝豆がお土産。
母を居室に呼んで枝豆を出すと「大好物」と目を細めた。

外を見ると雨が止んでいたので外に連れ出した。
近くの田んぼにカルガモの親子が散歩していた。
以前、親だけを見たけど子供が生まれていたんだ…。こんな所で…。
いや、都会でカルガモのお引越しというニュースを耳にしたけど…。
川だってあるし…。なぜ、こんな所に?という感じがした。
母と二人で、子供の数を数えて楽しんだ。

母の歯磨きが使い終えていたのでドラックストアによった。
ここには、少しの食料品も置いてある。
母は、おなかが空いていたのだろうか?菓子パンを手に取り「おいしそう」
「おいしいかな?」と言った。
こんな事は、滅多にない。
「どれがいい?」と聞いても「いらない」「任せる」と言うばかりなのだ。
だから、買うと言う体験をしてもらおうとパンを母に持ってもらった。
購買意欲をかって、チョコも選んでもらった。
母は、値段を気にしていた。
けれど、残念ながら値段をあらわす数字がどれかは判断できていなかった。
でも、その気力が大切だから「そうそう」と数字を読む母に応答した。

施設に戻り、パンを食べ、施設のおやつのスイカを食べた後、編み物にチャレンジして貰った。

編みかけの物は、また 鈎針を棒針に見立てて目を作っていた。
糸の太さにあった棒針ではないけれど、それでもいいかと思い奥から引っ張り出して母に渡した。

すると、今度は棒針を鈎針に見立てて目を作ろうとしてしまう。
仕方がないので、目を作る動きをして見せた。
これで大丈夫かと思ったが手つきはいいのだけれど運びがわからない様子だった。だから、更に初めの目は作って母に渡したがそれでも思い出せなかった。
こんなに忘れているのかと愕然としたが、気を取り直して目だけは作って上げて母に渡した。今度は編み始めるだろうと思ったら、私とは違うやり方で更に目を作り始めた。
今度はしっかり目を作っている。
もう大丈夫だろうと、傍を離れた。

やはり、傍にいて記憶を引き出してあげないと作業は始められない事が多くなっているのだろう。
暫くは、記憶の引き出しに付き合っていこうと思った。

家に戻って、朝日新聞の夕刊に目を通しているとちょっとした言葉に目が止まった。心の風景というコラムである。
別に介護の事が書いてあったわけではないのだけれど…。
私に 訴えてくるものがあった。
「…無力であれ徒労であれ、『がんばる』しかないか…」
そうなんだ。…しかないんだよねぇーーーー。




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