母のタイムスリップ日記
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母の所に行き「先日の旅行楽しかったね。お風呂も入れてよかったね」と一緒に出かけた人 一人一人に言葉をかけた。 「にこっ」とはするのだが、皆の記憶には全く残っていない。 I氏は「えー。行ったけ」と言った具合。
90歳を越えたAさんは、行かなかったので寂びしそう。 今日は、こじゃれたラメ入りニットを召されていたので「よくお似合いいですね」と声をおかけした。 そこから、家族の話、これまでの経歴などを伺った。 いや、以前にも伺ったことがあるので知ってはいたのだが「初めて聞く話」として興味深く聞かせて戴いた。 同じ所を幾度も話されたりもあるのだけれど…。 そのうちに「90まで生きていてもつまらない。お話が通じない方ばかりで… この間、相槌を求めたら『ばか。何いってんだよー』と言われた」と涙ぐまれていた。 いや、私の目標だから、嫌にならないで長生きしてね。お手本が居なくちゃ困るのだから…」と言うと「そうだねえ」とまた涙ぐまれた。 Aさんは、向こう気が強い方である。 それでも、話が通じない事に哀しみを覚えていられた。 軽度の人には、やはり 自分の行く先のように思えて怖いのだろうな。 施設も もう少し 配慮して部屋割りって出来ないかな? 母は、隣で ただ ニコニコしていた。
その後、散歩に出た。 公園のベンチに座っていると、隣のベンチにコンビ二の袋とメモらしき物を持った高齢の方が一人座られた。 なんとは無しに声をかけた。 「お散歩ですか?」「はい」言葉すくなであった。 「どちらから?」「××からです」 「失礼ですけれど、おいくつになられたのですか?」「いくつに見えます?」 80を越えられていると思ったけれど「70代後半くらいでしょうか?」 「いえ、もう90を越えているのです」「エーお若い」 「明治生まれですから」いや、とてもそうは 見えない。 「お生まれはどちらですか?」「○○県」 (おー今ブレイクしている「はなわさん」と一緒だ。) 「ふるさとには、お帰りになるのですか?」「いや、もう誰も知った人居らんのです」 暫く 会話した。 後で、気が付いたのだが、メモには6月8日(日)と書いてあった。 想像だけれど、この人家で何回も「何日?」と聞いて家族からメモを渡されて寂しい思いをしていたのじゃないかな…と思った。 若しくは、日にちを忘れる自分に気が付きメモを取って忘れないようにしているかだろうなぁ。
余計な事を語らないこの人は、哀しみを深く閉じ込めては居ないだろうか…と ちょっと気になった。
こんな事を考えるのは、この人に対して失礼かもしれない。 でも、母にも こういう時期があった。 お嫁さんからのメモがあちこちにあった。 そして、家に来れば「忘れないように」と自分から 日にちをメモにして持っていた。
高齢者の方とお話しするとその方の苦しみが見えてくる時がある。 そして、その後ろに家族が困っているいる姿も見えてきてしまう。
どちらの立場も辛いのである。
あまり 話しこんでもいけないと思い「それでは失礼します」と母とその場を離れる時その方は深く頭を下げた。 母は「随分 丁寧な方だね」と感心していた。
散歩を続けたが、途中で足が痛いというので無理をせずに施設へと戻った。 母は、疲れたのだろう。戻ると直ぐ「足を伸ばしたい」と言って横になった。 クッションで枕を作り、足元も高くしてあげた。
私だって昨日まで手足がだるかった。 母は、未だ 疲れが残っているのではないかと思った。
二人の高齢の方は、まだまだ、お元気である。 今の母と比べれば もう 限りなく普通に近い。 痴呆になってしまう人、そうでない人、それぞれだなあと思った。 いつまでも、元気で…と心の中で祈った。
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