母のタイムスリップ日記
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2003年06月06日(金) 聴こえて来た家族の不満


 一泊旅行の帰宅は、夜7時を廻る頃となった。
この旅行で、利用者家族からの不満の声が聴こえて来た。

今まで、日記には書いてきていたが、他の家族には 一度も胸の内にある思いを語ることはせずにきた。
其れは、やっとの思いで面会に来ている方々の不安を広げてはいけないと思ったし私が感じる事と他の方の思いは違うかも知れないとも思っていた。

職員から 私の面会回数が多いと他の家族がプレッシャーを感じているようだと言われた事も心に引っかかっていた事もあった。

でも、今回は、他の家族から言われた。

「施設の主役は、誰か?」
其れは、利用者と考えるのが まっとうであろう。
基本的に、誰が主役などとは考えず、利用者、職員、家族は少なくとも平等と思ってこの一年を過ごしてきた。
「みんなで協力できればいいなあ」と思い続けてきた。

ある施設では、利用者様、患者様等とことさら言葉のみで様呼ばわりする所もある。

ここではそういう言葉は使われないから嫌な気はしていない。

今回の旅行で唖然とした事が2つある。
一つは、バスの席
職員が前もって席の指定をしていた。
施設には施設の考えがあったのだろうけれど、後部座席2列か3列は施設長と事務職部長と医師。どう見ても健康そうな方3名が悠々と座られた。
前の方には、家族と利用者が規定通りに二人掛けだった。
途中でバス酔いする利用者、具合の悪そうな利用者が出たにも関わらず席は往復其の儘だった。
二つめは、食事の席
ホテルでの 夕食と朝食は、宴会用に作られた席だった。
このテーブルの最上席は、初めから、あのバス優先者だった。
そこも、やっぱり ゆったり席。
ある人が「会社の旅行でもあるまいに…」と言っていた。

施設長なる人は、利用者に声をかけたのは日程の中で殆どない。
私も母も言葉を交わして居ない。医師とも。
他の方も同様だった。

これは、施設の考え方の現われでもある。

以前利用していたデイでは、絶対に其れはなかった。
皆、平等であった。理事長だってそうである。
理事長自ら、テーブルを廻り、利用していて困ってる事、最近の様子などを聞いて回っていた。職員だってそうであった。
私は、そういうところしか見てこないので、とても不思議な感じがしていたのだが・・・。
どうやら、他の家族も同じように感じていたのだった。

そこから、次々と施設での前もっての話と現実のギャップの不満が話された。
そして、結局の所 余計な事を言って、記憶すら曖昧な利用者が窮地に陥っては困るから言えない。という事で黙っているようだった。

誰もが同じように 考えていても横に繋がらないから一人でモヤモヤと考えてしまっているのだなぁ。

予定より遅くなって帰ったので残った日勤の職員も待っていてくれ、夕食をしたくしてくれたり、後始末を手伝っていた。
そして、「遅くまで ごめーん。超過勤務手当て出します」と責任者が声をかけていた。そうなんだ。職員は皆、お仕事で同行したのだ。
私達家族は、料金を支払って参加したのだ。
明らかに違う立場であったのだ。私達は、食事が気になり帰れなくて、ある程度のところまで食べ終えたのをみて帰ってきた。

施設を後にしても、不満や不安の話は切れることなく続いた。


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