母のタイムスリップ日記
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娘が幼稚園時代の事。 運動会の日に熱を出した。 父の介護の為に故郷の幼稚園に臨時に通わせて ようやく自分の幼稚園に戻っての運動会だったので(故郷では運動会を済ませてけれど)参加させてやりたかった。 親の都合で、そうさせてしまっていたので、可哀想でもあったから。 その時の娘の罹り付け医は、自宅の電話を教えていてくれた。 休日で申し訳なかったけれど、電話をすると直ぐ診療所に出向いてきてくださった。 医師のお子さんが、家の子と年齢も近く事情を察しても下さったのだろう。 病名は、溶連菌感染症だった。 「他の人にうつさないように離れた所で見学してひとつくらいなら出し物に参加しても良い」と言ってくれた。 それで、何とか、一部参加で最後の運動会に加わる事が出来た。
なぜ、急にこんな事を書いているかと言うと…。 昨日の事、痴呆症で他にも持病のあるお義母様と暮らしておられるヘルパーのOさんと話していたら。 大学病院で診察を受けていたけれど、通うのも大変なので近くに住む開業医に見てもらっていて急変のあった場合大学病院に回してもらうようにしていると言っていたのだった。 大学病院に勤務していた医師なので其れが可能で、おまけに往診もして頂けるというのだった。ヘルパーとして入っている先の人は、違う医師にお世話になっておられ、その医師は、状況によっては、夜間でも往診してくださると言う。その医師は、自宅に機材や薬も持ち帰って居られるのだそうである。
話に上った医師は、二人とも数年前に近くに開業なされたのである。 私などは、長年見ていただいている医師が安心とばかりに新しい医師の事はあまり気にしてもいなかった。 3け所ほど往診対応が出来るとわかってからはそれ以上知ろうともしないでいた。 でも、3け所の所は、急な往診等まずありえない。 まして、長年見ていただいている医師は、往診はしていない。(聞いて見ようとは思っているのだけれど。)
「もしも」を考えた時、罹り付け医のフットワークの軽さも考えていた方がいいのじゃないかと思った。
近年の開業医は、往診は少なくなっていたのだが、最近 また増えてきているのかなぁ。 私の幼かった時には、車もないので自転車でエッチラオッチラ往診してくださった。 自宅に電話等ないのが当たり前の時代で交番まで走り往診をお願いする電話をかけた記憶がある。
往診が頼めるのであれば、助かる。 勿論、安易に往診を頼むべきでないし、患者側のモラルも必要である。
昨日の地震で母の言葉が思い出した。 母の病が軽かったころの事だ。 「若し、地震が来て避難しなければならなかったら、私を置いて行っていいからね」と地震の起きる度に繰り返し言っていた。 人一倍不安がりの癖ににである。 あの頃の母は、充分に動けた。「全く余計な事ばかり言って」と思ってはいたが「大丈夫、一緒に避難できるよ」と声をかけていた。 おそらく、今の母はそんな風に考える事も出来ないだろう。 自分の事を考えるのだって、いっぱいいっぱいなのだろうから。
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