母のタイムスリップ日記
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2003年05月10日(土) 療法士さんのお休みで…。

「出た?」 「んー?」
「出る?」  「トイレは、出ない」
「当たり前でしょ。トイレは動かないよ」 「そうだね。あれ?なんだっけ」
「何が出るの?」 「・・・・」
「なあに?」  「んーとね。んーとね。」
「おしっこ」と言う言葉がなかなかでない母。

「じゃ、拭いてね」とペーパーを渡してちょっと離れた。
戻ってみると、「はぁて、これをどうしようかな?どう折れば…」みると、トイレットペーパーが折り紙を折るように律儀に畳んで有った!

珍行動は、トイレを出ても続いた。
明らかに、手を洗うために洗面所に行こうと動き始めたのに…。
「えーと、トイレは…?」と言うのだ。
閉め掛けたドアを開けて「トイレはここ」と言うとまたトイレに入ろうとした。

トイレへの用足しの前後は、いつもこんな風である。

考えてみると、急変時の時は、こういう会話すら全く出来なかったし、まして、母の傍を離れる事など数秒単位だった。
トイレに行く意思表示もできなくて 此方からの声がけ誘導だった。
其れも、両手を持って「1センチ足らずの敷居を越える時だって「目を開けてほら段が有るよ」と声をかけなければならなかった。

だから、今は 楽になってきてる。
これくらいの事は、なんともないし、むしろ嬉しいくらい。

私は「ぷっ」と吹き出してしまう事だってある。

初期の頃は、笑う事すら出来なかった。
笑われる事で、母は萎縮してしまうし、プライドを傷つけてしまうのだった。
また、私自身 笑いよりイライラ感の方がずっと、多かった。

訳が判らなくとも ある程度 会話が通じれば 喜びも生まれる。

今日は、リハは療法士さんの都合でお休みとなった。
おかげで、時間がたっぷりできた。
ベランダ側の戸を開けて、母は室内でカレンダーを切リ抜く作業。
私は、外で鉢植えの整理をした。
母は、鋏を使って鳥の絵を切り抜いていた。
「出来ないなあ」というので目をやるとちゃんと出来ていた。
嫌になったかなときくと、「そんな事はない」という。
そして、黙々と切抜きを続けた。
数分毎に、母を見ながら 私も外での仕事を続けた。
母は、全く外の私に興味をしめさずに作業を続けていた。
よく見ると、絵は切り取り終えて、数字を一つ一つ切り抜き始めていた。

鋏も、使えなくなっていたに、もうちゃんと使える。

切りのよい所で作業を終了。
今日も、また入浴してもらった。
昨日、入浴した事など全く覚えている筈もなくて…。


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