母のタイムスリップ日記
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2003年04月21日(月) トイレに通う… 偏屈な私。

 施設の事で良い事もあるのです。
先日、職員の方から母の3ヶ月のケアプランの提示を受けた。入所以来初めての事。
ケアプランがある事は聞いていたが「見せてください」とも言えないで居た。
大きく3項目に分かれて介護の計画が記されていた。とても嬉しかった。
「希望があるときは、何時でも言ってください」とも言われた。良かった。

また、金曜日(私が面会に行かなかった日)職員と共にお花屋さんまで外出したようだった。其の時、花屋さんが母に切り落とした花を下さったらしく洗面台に活けてあった。
其の花の存在に私は気がついていた。いつも、散歩の折 摘んだ花や草を活けて置く場所にその花があったのだ。綺麗に変わっていたので「いいなあ」と感じていた。其の事も職員さんが話してくれた。
私が、面会をお休みするとこういう風に職員との触れあいも生まれるのだな。
其れも、いいな。

本題である。
昨日、母は我が家で大の用が出来た。
何回かのトイレ通いだった訳だが…。其の時の会話なのである。

「○○ちゃん。んーーーんってお腹に力入れてみてよ」と顔が真っ赤になるほどに力んで見せる。
母は、顔だけに力を入れて面白い顔をするがお腹に力が入っていない。「んーーーん」は声だけなのだ。
「いきむのよ」とお腹に手を当ててみる。ほんの少し力が入ったのをみて「其の調子」と声をかける。でも直ぐに顔だけのいきみに戻ってしまう。
「出そう?」と聞くと「出ないほうが多いような気がする」
こんな事を数分置きに数回繰り返す。
トイレに入って、下着を下げていきんで、また下着を戻してトイレを出る。これの繰り返しである。
でも、何回かした後で、また部屋の椅子に座ろうとした時母はお腹をさすった。
「痛いの?」と聞くと「痛くない」
「もう出ないの?」「出てくる頃かも知れない」
「トイレで頑張る?」「頑張らないでも出る様な気がする…」
また、空振りかと思いつつ「今度こそ」と思いトイレに戻る。
ようやく排出。めでたしめでたし。
「すっきりしたね」「そうだねぇ…」

ここ数日、こんな事を繰り返していたのだった。

急変前の母の自力での排泄も時にあって下着の汚れで便秘かどうか判断していた。
けれど、今は殆ど自力での排便はない。
以前ならトイレ詣でで「未だでないの?」とイラっとする事もあった。
でも、今は不思議に優しくなれる。きっと、急変以来、私の中で何かが変わったのだ。
痴呆の介護は時にイライラとしてしまう。(そうでない方も居られるが)
介護の本に書いてある「介護者に受容体制が出来た」と成るのかな?
でも、私の中では「本の通りになんか行かないし…。」という思いがあるのだ。
「受容じゃないよ」と何処かで別の私が言っている。偏屈な私である。


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