母のタイムスリップ日記
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2003年04月20日(日) 介護の哀しみ


 イースター礼拝に母を連れて行くことが出来た。
聖歌隊の「ホサナ」をじっと聴き入っていた母…。
本当は、施設内の他のクリスチャンも一緒にお連れしたかった。
けれど、施設のお約束があるので…。「家族の了解」です。
昨年のクリスマス会でたまたま近くの席だったので一人の方からは了解を得ていた。でも、今其の方は骨折している。其れも承知で(車椅子介助は私にも出来るので)先日 施設に申し出たのだが「状況が異なるので再度了解を得てください」と言われた。
違うフロアの家族とどうやって連絡を取れと言うのだろう。電話番号を聞いてもプライバシー保護のガード。(当然では有るけれど)
こういう場合、施設が間に入って確認してくれても良いだろうに…。

教会から、我が家に戻り昼食。暫く ゆっくり過ごして3時ごろ施設に戻った。教会で手作りのカードを戴いたので、一緒に行けなかった方にお届けした。
骨折した方は、午睡中だった。(昼なんだけどな)
Yさんは、私の顔を見るなりそばに走るように寄ってきた。
「今日は、イースターなのよ」というと「そうだった?ここに居るとわからなくなるね。勝手に外にも出れんし…。有難う」
その後、延々と家族の愚痴とここで死ぬまで暮らすしかないんだって…と言う愚痴を零された。私は、黙って聞き続けた。事実と異なる話も有ったがそこは目を瞑った。
結局の所、家族が面会に来ないことが寂しいのだ。外出も儘成らない事が辛いのだ。かなりの勢いで怒って居られた。
「Yさんが怒るなんて珍しいですね。でもね、ご家族は忙しいのですよ。いつも心に掛けていらして きっと、今日もいけなかった。と悔やんで居られますよ。もう少し待ちましょう。其れまで、私で我慢してください」と肩を抱いて頭を撫でた。Yさんは、そっと寄り添ってきた。
いろいろの事情はあるのだろうけれど…。

Yさんと話しているとF氏が居室よりホールに移動された。
数日前には、気がつかなかったが隋分痩せた。背中を撫でるとゴツゴツした。
「痩せたでしょ」何も言わないのにYさんがそういった。私は頷いた。
F氏は、片麻痺で嚥下障害も少しある。食事は刻み食である。
刻み食は、量が少なめ。其のうえ食べ零すロスもある。
痩せた訳は、食か?それとも他の病か?気になる。でも、聞けない。
ご家族は、時折見えるが、頻繁に来られぬ訳があるのだろう。

母の急変時に判ったのだが、生活介助はしないのだそうだ。
私は、面会でいろいろカバーしてきたが、家族の来られない人は…。
なぜ、預かるのだろう?預かるなら、もう少しカバーできないのだろうか?
生きていく為の事はやってくれるけれど…。何とか出来ないのかなぁ。
痩せて抵抗力が無くなり体が弱り病院に…。か。
そうなる前のなんか方法って無いのかな?

他の人の事なのだけれどとても切ない。

そして、今日夫の会社の人のお母様が亡くなられた。
母と同じ病だった。でも、発病は母よりずっと後。そしてお若い。
幾度もの山を乗り越えられてきたのに…。つい先日も「危ないのです」と会社を休まれ持ち直されたばかりだったのに…。
残念です。

介護者の哀しみ、病の嘆き…尽きる事がないなぁー。



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