母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
| 2003年04月16日(水) |
♪違いが判る…♪でも 何が…。 |
用があって外出した時、ケアマネさんとばったり出会った。 昨日、元気になった母の顔見せに連れて行こうと思ったところだった。 でも、家から直ぐ傍であっても施設への行き帰りに立ち寄るとかなりの距離になってしまうので諦めたのだった。 ケアマネさんもデイの職員の方も最悪の状態の母しか知らない。 ここまでよくなったなんて、会わなければ判らないだろうと思っていた。母のデイ利用を心待ちにして下さっていたのでよくなった所を見て頂きたいと思った。そんなところでの出会いだった。
「母、元気になったのですよ」「良かったですね」最初の会話はこんなものだった。「昨日、一人でトイレに行きましてね…。ご飯はもう 一人で食べられます。」ケアマネさんは驚いた表情になった。「一過性のものだったのでしょうかね」ほらね、このケアマネさんならそう捉えてくれると思った。
血管性の痴呆は多少改善されると言うけれどみんながそうともいえないんだよね。(そこは、施設職員の人も判ってくれたけど) 確かに母は 病理的には脳出血を起こしたのだけれど、それだけでは解決のつかないような事だったのだよね。 ここの部分がケアマネさんと施設の職員さんに認識の度合いが違うのだよね。
きっと、この人が施設の職員だったら「ここまでよくなったのだからご家族も無理しないでね。此方も出来る限り対処いきますから」と言ってくれると思うのだ。(あくまでも推測だけど間違ってはいないと思う)
あの最悪な時「今月いっぱい我慢してちょうだい。そうすれば退所して行く人だからと言って職員に我慢して貰っているのです」と利用者に伝えたりしないと思う。 そして、先週の木曜に疲れて面会に行かなかった時の翌日「昨日はいらっしゃいました?」と聞かれて「いいえ、ちょっと疲れて…」と言ったら「疲れていたんだって…」と言ったりはしないと思う。
いや、散々お世話になったし、今もお世話になっているのだからいいのだけれど…。何かが刺さるんです。 これは、一体何なのだろう。 私が、毎日の面会を休めなくなっているのも実は其の辺りの事も有るのだ。 「家族でプレッシャーを感じている方も居ます」と言う一方で全く逆の意味に取れる言葉を受けていて迷っているのだ。年の功で、聞き出して見た方がいいのかな…。
確かにデイと施設は違う。 でも、あそこの施設ならそうは言わないと思うのだけど。
昨日、なんだか背中が痛くて一日中嫌だった。 胃が悪いかな?と思った。眠れば治るだろうと思ったが今朝になっても治らなかった。 今朝、思い立ってストレッチ体操を試みた。 すると、大分よくなった。 ついでに、午後一眠りしたら背中の痛みは消えた。 どうやら、庭の手入れ等で疲れていたのかも知れない。 そういう訳で、今日は母に面会に行かなかった。
明日は、朝から晩までちょっとハードな一日になりそうだ。
|