母のタイムスリップ日記
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| 2003年04月11日(金) |
恐ろしくて確かめられないでいる事 |
訪問した時、母は、職員さんの詰め所の前に不満気な表情でウロウロとしていた。母の居室に入ると…。 「ここが嫌に成った」 「どうして?」 「だって、みんなわからないのだもの。私も判らないけど…」 「何をしたいの?」 「遊びたい」 「ボール遊びする?」 「うん」 そして、ビーチボールを使い遊び始めた。 つい先日まで、ボールを弾き返す事はできずキャッチボール式だった。 でも、今日は、両手を使い打ち返してきた。それも、ネライを定めて、外したら「ごめん」と謝る事もできた。 ここまで来れば、この能力は、ほぼ完璧に急変前まで回復しているだろう。
その後、数日前から準備しながら出番を待っていたビーズの作業を薦めてみた。これは、全く駄目になっていたのだ。 ワイヤーの端にビーズを留めとしてくくりつけてこれから入れるビーズが抜け落ちないようにしてから、母に渡した。 新しいビーズにワイヤーを通すまでは出来た。でも、そこから、次のビーズを手に取る所までは行かない。ワイヤーをビーズ穴から出したり引っ込めたりを繰り返すだけだった。少し手伝い作業のヒントを与えてみたが次も同じだった。其れを数回繰り替えして見たが数粒で「嫌になったな」といった。 「じゃ、止めよう」と引っ込めようとしたら「未だやりたい」という。 出来る所まで好きなようにさせようと見守った。 この作業は、一人ではまだ出来そうもない。これも、気長に付き合って行くしかないだろう。
Fさんが母の部屋に入ってきて鏡を見つめた。そして、 「まー。真っ白な髪だこと。どうしたんだろう?」と不思議そうに独り言を言った。「髪を染めたんだねきっと」とFさん。 「そうね、今は白髪に染めるのが流行っているから…」と私。 Fさんがにやりとした。 気が付くと施設の中で母の事を「おかしい」とか無性に心配する人が居なくなった。下手をすると、母がおかしかった事を覚えている人はいないのかも。 当の母だって何処まで覚えているのか…。
そういえば、気懸かりな事があるのだ。 ある時、花を摘んでテーブルに花を並べたら次々に食べようと口に運んだ事があった。母に「食べられるもの」と言う認識がどの程度残っているのだろう。 私は、気になりながら恐ろしくて確かめる事が出来ないでいる。 別に手当たり次第何でも口にしてしまう訳ではないのだが…。 ほんとの所はどうなんだろう?
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