母のタイムスリップ日記
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2003年04月01日(火) 痴呆の医療のバリアフリーってできないかな?


 今日は、用が有り母の所に出かけたのは夕方になった。
母は珍しくテレビに目を運んでいた。
こういう日は比較的調子がよいと言う傾向だ。
立ったり座ったりの忙しさも無かった。

職員の方が「今日はお散歩に出ました。お母様、歩くのもしっかり為さってました。お母様より歩けない方多かったですよ。かなり歩けますね」「姿勢も声を掛けるとちゃんと治せました」とも言われた。
今まで「散歩をしました」と聞いてもこんな風に状態まで教えてくれる人はいなかった。もっとも、散歩は私が連れ出すのが日課だったのでこういう機会も少なかったかも知れない。そして、施設でも外出しやすい季節になったので外に連れ出してくれるようになったと言う事情もあると思う。

私が「歩きました。しっかり歩けました」と言うのと母と職員で散歩に出たのでは職員と散歩に出たほうが直接母の状態を知ってもらえるだろうな。

私が「歩行リハって特別しないでもお散歩でも充分と思うのだけど…」というと「私もそう感じます」といってくれた。
唯、状態が悪い時もあるのでリハで安定できるかも知れないと言われた。
それなら、私も納得できる。

こういう話が出来るようになったのも母の急変のおかげかなと思ったりである。
話イコールクレームではないのだ。
母の状態をみて同じ視点で見ていけることが家族にとってはとても嬉しい事なのである。
「土曜からリハ始めます」と報告した。

それにしても、過日も触れたが施設、医療、リハビリと共通の基盤でに立って
一人一人を見ていくことって出来ないのかな?
なんか、一人の人間の治療が「ぷつっ。ぷつっ。」と細切れにされているような気がする。
痴呆という病に別の病が加わるとほんとにややこしい。
そうでなくとも、痴呆の人の病を見つけるのは大変なのに…。
医療制度、介護保険の改定により更に面倒になり利用できる病院や施設が狭められる予感がする。


 


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