母のタイムスリップ日記
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2003年03月30日(日) あーややこしい。

 リハビリ開始の為に罹りつけの医師を訪ねた。
リハ士が医師の同意書が必要と言うのであった。
わざわざ、昨日其の書類を我が家まで届けてくださった。

医師曰く。
「この同意書と言う物は『ここでの医療はおしまいですよ』と言う物なのだよ」と言われた。「?」
一つの病で二重に医療保険は使えないという事らしい。

母は、脳出血での治療は特にしていない。脳神経外科でCTを取ってもらったが其れも心配ないというところまで来た。
若し、これがまだ、CTを撮り続けていたら、リハは出来なくなるのか?
いや、出来なくは無い。ただ、きっとリハの保険が利かなくなりもっと利用料が高くなるのだろう。
これが、在宅であるなら「介護保険」の中でできるのだろう。
では、介護保険を目いっぱい使っていたらどうだろう?
これも、母と同じ状況になるであろう。

幸いというか、母は他にも内科的にお世話になっているので罹りつけ医でこれからも診察は受けられる。

なんという事だろう。

そして、そもそも何故リハを始めるのか?と言う疑問が残る。
精神科医、脳神経外科医、罹り付け医の3人の医師はリハという事は言わない。いや、精神科医が初診の時にチラッとは触れた。でも、最終で診断した脳神経外科医は何も言わなかった。
医師がリハといわないのに施設の職員は「リハを」と言った。
でも、GH内に片側麻痺の方が数人居られるが其の方がリハはしていない。
何故、母だけがリハと言われるのか?
確かに食事等不安定ではあるが。
歩くのだって不安定では歩けれど一人歩行もかなり安定してきた。
他の方は、歩けないにしてもリハの必要って無いのか?筋肉が固まらないようにしていく事は必要ないのか?
勿論、母がよくなる様にと思いリハを薦めてくれたのだろうけれど…。
他の人は動けなくともいいのかな?
家族がよく関わっているから、もっとよくなるようにと言ってもらったのかな?だとしたら不公平である。
きっと、これも入所形態が違うという事なのだろうけれどでも入ってしまえば
皆、入居者であり平等ではないのか?

いや、リハが面倒と言っている訳ではない。
母の為に必要とは思っている。でも、先日の日記でも触れた通り歩行リハより言語リハ。手先のリハ。のほうが必要に思う。
そして、何より「視床痛」を改善できればいい。
だから、リハは受けさせようと思ってはいる。

一昨日、役所でもリハの施設はあるらしいと教えていただいた。
これは、痴呆だと利用できないのかな?
老健、特養、病院それぞれにリハの設備はあるなぁ。
でも、以前 公立病院で見た様な細かなプログラムのリハってこの街では見かけないなぁ。
この街でリハの必要のある人ってどれくらいいるのだろう?
また、痴呆の人ってどの位いるのだろう?
急に気になってきた。調べてみるのもいいかもしれない。

今日は、母の所に鈎針と毛糸を持っていった。後は、ちょっとしたビーズ。
編み物は無理だろうけれど、鎖編みで綾取り糸くらいは編めないかな?と思ったのだ。20センチ位のを2本編めた。少しやってみようと言う気が起きているみたいだった。ちょっとづつ、編んでもらってみよう。
鎖編みをしなくとも綾取りは出来た。Fさんと母と私でやってみた。皆同じくらい出来た。良かった。
その後、車椅子の2人と母とでビーチボール転がしをしようと思った。
そこへ、Iさんも加わった。ところが一人の方の所にIさんはきつく転がす。
あまりに酷いのでちょっとたしなめたらもう反撃されてしまった。
「この人は怠け者で手を動かさないから」と怒る。
言い方を替えて褒めの戦術で行き「バレーボールの選手みたいに強いね」と言ったら「私はバレーボールなんて遊び大嫌いだ。畑仕事に忙しかったから」とまた怒られた。「んー。そうだね。畑仕事していたから俊敏なんだ。きっと、世が世ならオリンピックの選手になれたかもね」といってみた。
でも、手加減はあまり変わらなかった。
今度、どちらかの手を使えようにして、平等の立場でゲームをして見れば少しは判ってもらえるかな?でも、やっぱり怒ってしまうかな?
気分転換を図った方が優しくなるのかな?

介護もややこしいな。


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