2013年02月07日(木) |
玄侑宗久『無功徳』★★★★☆ |
『無功徳』
メモ。
「自分の仕事の効率はさほど良くないのに、じつは他の人の効率をあげているような存在に、社長だけでなく皆が気づくべきなのである。」(p28)
「全ての感情も記憶も一旦『無』にリセットし、今は今でまた『無』から全てを立ち上げるというのが禅だと云っても過言ではない。」(p33)
そういった「前後際断」ができれば「日々是好日」だと。
「『視』という凝視より、『観』という全体視こそ重要」(p43)
俯瞰するということ。五輪書にも指摘あり。
「できるんだからしてしまおう、は『だらしない』」(p56) できるけどしないたしなみを持つ。
「本当の投機とは、からだ一つに戻る勇気のことなのだ。」(p144)
目標について。 「教育の世界でも一般の会社でも、未来を無難に描いた言葉を求め、それを『目標』などと呼んでいる。また過去についても批評的に描かせ、『反省』したりするようだ。 時の経過による人の変化を、そんなふうに想定内に収めることを戒めるのが『前後際断』の主旨である。」
今を生きるためには、「いま」と「今」を近づける。 そのために必要なのは、目標や反省ではなく、忘却。
「わざわざ生きにくい『いま』を努力して作るのは、もうやめよう。『いま』必要なのは、分からない未来を分からないままに迎える勇気だけだ。」(p159)
風流な人になりたいと思った。
「想定外の出来事を減らそうとする現代は、禅から見ればもっとも不風流。 心の活発さを重視する禅では、死も病気も、怪我も歯痛も、 それによって普段の人柄がゆらぐことを風流でめでたいとする。」(p166)
「風流ならざるところもまた風流」(p166)
出家をしてみて。 『程。人間万事この一字』(p172)
なくてはならないと思っているものが、なくてもいいことに気づく。
「何かを得ようと思うのではなく、まず本気で捨てること」(p176)
「私には、出家生活、わけても道場での生活は、分業以前のトータルな人間に戻る時間に思えて仕方がない。」(p176)
便利な道具を使うほど働かない脳。 前頭連合野は言葉や体を使うと活性化するが、テレビゲームではしない。
「今の社会で出家することは、たぶん細分化しすぎた分業からの帰還であり、また煩雑すぎる情報を洗い流す時間なのだろう。」(p179)
おわりに、も衝撃。
「餓鬼の周囲には不思議なほど餓鬼が集まってくる。自業他得で悪事の被害が広がる典型的なケースである。」(p193)
「餓鬼に対する根本的な救済は『施餓鬼』しかないのである。」(p194)
「施餓鬼とは、悪者を罰することでもないし、被害者だけに何かを施すことでもない。人間すべてを大きな繋がりとみなし、その繋がりの網全体に、無功徳の布施をすることだ。」(p194)
無功徳の布施を、していく。 具体的に、自分のできることを、していく。
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