刑法奇行
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2002年09月05日(木) 鉄の道と事の故

 今日は、K土K通省の鉄道事故調査業務研修で、「鉄道事故と刑事責任」について話をしに、柏の研修所まで行って来た。民法のU川先生から頼まれたのである。本来なら、O塚さん、K川さんの管轄なのだが・・・。もっとも、修論のテーマ決めの時、共犯論と過失犯論と故意犯論の3つのテーマにつきそれぞれ目次をつくっていき、恩師が共犯論でいいんじゃないと言われて決まったわけで、過失犯論になっていたかもしれないのである。

 鉄道事故に関する判例を調べて臨んだが、研修生が40代以上の技官の方ばかりだったので、刑法とは何かからはじまり、とくに、因果関係と過失犯の構造をやさしく説明し、そして、信楽高原鉄道事故などを分析しただけであった。聞き手がどういう人かによって、内容を急遽変更することは、うまくなったような気がする。名宛人は誰かがやはり重要である。

 この関係で、いくつか文献を調べたが、藤木さんの『刑法各論』(講義ではないやつ)に、1項目としてあったから、改めてすごさを実感した。亡くなられたとき、たしかM2だったか(D1かもしれない)、海の研究室合宿の際に、その頃ヴェルツェルも亡くなったので、行為無価値論の終焉ですね、と恩師に何気なく言ってしまったら、恩師は、ウーンと言って、空を見つめてしまったのにはさすがに参った。
 恩師は、藤木さんが亡くなったとき、院の授業の際に、「彼は自分ががんばらねば日本は駄目になると思っていた。早稲田にこういう人がどこにいますか。」と声を震わせていたことを思い出すのである。

 まあ、日本のためにというのは、ちょっと身を引くが、何のために研究しているのかを問い続けることが必要だろうが、これもよく分からない。自分のためか、他人のためか・・・まあ、疲れたから、「明日考えよう」。 

 ところで、Nジーランドに行ったM藤君、キリイギリスから帰国したI井さんは、連絡ないけど、どうしたのでしょうか。それと、髭倉さんも帰国していないし、そろそろ、SS喜寿の論文の順番やパーティーの打ち合わせなど、課題は山ほどあるのでござるござる。

ジャーニー to Deutsche Bahn(DB)


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