刑法奇行
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2002年08月18日(日) alsa(アルサ)があるさ

 昨日は、アジア法学生協会(The Asian Law Students'Association=alsa)の学術交流で、1日中オリンピック記念青少年総合センターの中にいた。テーマは、「死刑制度を考える―刑罰の目的とは―」である。午前中は、私とアムネスティの寺中君が基調報告を行い、午後は、グループに分かれて、ディベートとディスカッションを行った、総勢50人ほどで、早稲田、中央、東海、東京国際の学生が参加した。9月に行われる、アジア諸国の学生とのフォーラムの事前学習会ということである。私と「てらまこ」君の2人とも死刑廃止論者だったが、学生の中に存置論者がいたので、まあ盛り上がった。こういうサークルがあるとは知らなかったが、みんなよくやっているのには感心した。今時の学生も捨てたものではない。何人か私の授業をとっていた(いる)学生もいた。終了後、新宿の魚民で打ち上げがあり、花束を抱えて帰宅したわけである。

 午後の論点は、冤罪と終身刑の導入の2点に企画者が限定したが、予想通り、被害者問題が多く出てきた。存置論者は被害者の視点を根拠とするのである。私は、以前、被害者保護と死刑廃止論を結びつけた論文を書いたが、いまだに悩ましい問題である。やはり、修復的司法への道筋の重要性を実感したのである。論者の中に、修復的司法という言葉が自然に出てきて、その浸透力にも感動した。

 死刑の問題は、結局、いかなる社会を構想するかに関わる問題である。破壊的社会から建設的社会へ、排除的社会から共生的社会への道を探ることが必要だろう。われわれ大人が夢をもたずして、若者が夢をもちえようか。

 「少年たち3」をかみさんがビデオに撮っておいてくれたので、帰宅後見たが、加害者の修復の視点が見事に描かれている。次回以降が楽しみであるが、修復的司法は、被害者、加害者、コミュニティの修復を考えるものであることを何度も言っているのに、最狭義の家族集団会議だけを修復的司法と考える人が多くて困るのである。

 会の最後に、秋に拙著『修復的司法の探求』が公刊されることを宣伝したら、拍手が起こったが、おそらく誰も買わないだろう。ひょっとしたら1人か2人は買ってくれるかもしれない。それでもいい。老人になって、古本屋でほこりにまみれた拙著がさりげなくおいてあるのを見つけたとき、ニヤッとほくそ笑むこと・・・これこそ最大の幸福かもしれない。

ジャーニー to サライの空




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