hazy-mind

2005年12月11日(日) 『風に舞う白い花』 小説 前半 



この物語はクリスマスまでの話。
始まりはいつからかわからないけれど
物語が動き出したのは12月の最初の日だった気がする。

12月1日 夜

会社の帰り、恋人と食事をしたのだけれど。
なぜか私は怒り爆発。怒った理由も覚えてないけれど、ほぼ一方的に別れを告げた。
私の恋愛ではよくあるパターンだけれど、今回は相手がバカだったせいな気がする。

そんな私は20代後半OL独身。
仕事はとてもつまらない事務仕事、上司と部下に挟まれてストレスがたまり
それを恋人にぶつけるという悪循環。

なんだかとてもやりきれない毎日だ・・・

駅から自分のマンションまで徒歩15分。
駅前の雑踏を好まない私は、よく危険だといわれるけれど、小さな道を選んで帰っている。
歩きなれた道だけど、今日はさすがにすこし下を向いて歩いた。
そのせいかどうかわからないけれど、小さな発見をした。

通り沿いに空き地があるのだけれど、そこに一輪だけ花が咲いているのに気がついた。
背の低い雑草だらけのその場所に、この時期にちゃんとした花が咲いているのはすこしおかしい気がしたから。
私は足を止めて、その花に近づいた。
どこかでみたことがある花・・・でも、初めてみる花のような気もした。

白い。
白い花だった。

もしかしたらこの花は月見草かもしれないと、ふと思った。
なぜそう思ったかというと、ただ花の向きが月を見ているように見えたから・・・
ひまわりは漢字にすると向日葵で、文字通り太陽のほうを常に向いている。
別に月見草のことは良く知らないけれど。
そんな名前がつけられているくらいなんだからきっと月を見ているんだろう。

ふとバカ男のことを思い出した。
そういえばよく月を眺めていたな。


12月3日 夜

同僚の女の子たちと飲んで、久しぶりに酔っ払ってしまった。
バカ男をふってやったわと、悪酔いをしてしまって今頃反省。
駅からの帰り道。また空き地のところを通り過ぎようとしたときに、
月見草のことを思い出した。
私は眠ったら大事なこと以外は忘れてしまうタイプなのだった。

白い花を月に向け、月見草が在った。

私はなんとなく、月見草をじっと眺めていた。
酔っ払っているから、思考がうまくまとまらない。
けれど、なんだか、この月見草があのバカ男とかさなって見えた。

「ちょっと、あんた月ばかり見てないでこっちもみなさいよ」

と、自分が口ばしったことに気づいたのは、数秒たってからだった。
あわてて周りを見まわしたけれど誰もいない・・・
ここがそういう場所でよかった・・・

   いまのぼくにいったの?

誰かの声がした。また周りを見まわしたのだけれど誰もいない。
でも気のせいではなく聴こえた。
いや聴こえたというよりは、頭に響いてきたという感じだった。
まさかとはおもったけれど、月見草のほうを見てみた。
月見草はさっきとおなじように月を見ていた。

「独り言ねこれ、まさかあなた今の声あなたじゃないよね・・・繰り返すけど独り言だよこれ」

   独り言に返事をするのは失礼かもしれないけれど、そのとおりだよ

と、また声が聞こえた。どうやらまちがいないようだ。

アルコールの力というものは、すごいものだと思う。
まさか植物と会話してしまうとは。
でも、そういうこともあるかもしれない。
学生時代、酔っ払った友達が一生懸命、木に話しかけていたのを思い出した。
あの時は皆で笑って様子をみていたが。あれは本当に話していたのかもしれない。
私はしばらく、(やはりあのウォッカが強すぎたのだろうか?)などと今日飲んだお酒のことを思い返していた。

「もうすこし、ここにいてもいい? やっぱり外のほうが酔いがさめやすいと思うから」

酔っ払いだと自覚した私はもう開きなおって、自分から月見草に話しかけることにためらいなど感じなかった。
どうせ今日眠ったら『こんな非科学的なこと忘れてしまう』に決まっている。酔っているならなおさら記憶には残らないだろう。

   べつにぼくは月を見ているだけだから かまわないよ

・・・『こんな非科学的なこと忘れてしまう』か、自然にそう思った自分が、なんだか少し寂しく感じた。
けれど「ありえないなんてことはありえないよ」などと変なことを言うバカ男のはにかんだ顔を思い出して、少しの寂しさは少しのいらいらに変わった。
やはりこの月見草を見ているとあのバカを思い出すようだ。もう帰って寝よう。

だまって帰ろうと思ったのだけれど、なぜか、私は月見草の声を聴いてから帰りたかった。
別に違う質問でもよかったと思うけれど、他に浮かばなかった。

「ねぇ、なんで、いつも、月を見ているの?」

   ・・・あそこにはぼくの大切な・・・がいるんだ

月見草の声はなんだか少し弱くて、ちゃんと聞こえなかったけれど
なぜだか私は少し苦しい気持ちになったから
そう、といって家に帰り。ねむった。


12月10日 昼

さすがに年末は忙しい。
忙しい上に、飲み会の誘いがとても多い。
今はいかなくては後のことに影響をする可能性(くだらない社会の仕組みだまったく)があるか、本当に楽しめる仲間同士の飲み会にしか参加していない。
社会人なりたてのころは、仕組みがわからなくてとりあえず、すべての飲み会をこなしていたけれど。あのころはいったいどこにそんな体力があったのだろうか。

「それだけ仕事がハードになったってことよ。体力の使う場所が変わっただけ。あなたストレスでもたまってるんじゃない?」

と、夕食に誘われた先輩にありがたいはげましをいただいた。
確かにそういう考え方もできる。
ストレスか・・・この間、ストレスをぶちまけてしまったバカ男の思い出した。
一方的すぎたかな。悪いことをしたかな。元気だろうか。
・・・いやいや、何を考えているんだろう私は。あんなひどい別れかたしていまさら合わせる顔などない。
でも、やはり少し逢いたい気持ちになった。
だけど、その気持ちをそのまま行動に移せるような性格ではないことくらい自覚している。
ため息をつきながら、帰り道を歩いていくと。やがて空き地のところまで来た。

実を言うと、このあいだ酔っ払って月見草と会話したりしたことを、不思議なことに翌朝、私は覚えていた。
でもべつに、だからなにかが変わったとかそういうことは考えなかった。
あれから幾度か、夜この通りを歩いたりしたけれど。
月見草のところで立ち止まることや眺めることはしなかった。
特にそうする理由などないからだ。
あの日の会話はあくまでも、酔っ払ったときの幻聴か何かでしかないんだし。

でも今日は、『なんとなく』立ち止まった。
・・・『なんとなく』というのは下手ないいわけだと自分でも思う。
けれど、
ちゃんとした理由の存在を素直に認められない。
そんな自分の性格は自覚している。

白い。白い花が在った。
あいかわらず月を見ていた。

おもわず、声をかけそうになってあわてて口を閉じた。
今日は酔ってないのだった。

それに今日は眺めにきただけだ。『彼』を。

・・・そういえばあの夜、月見草になぜ月を見ているかたずねたような気がする。
月見草はなんと答えたのだっけ。
なんだかとてもそのことが気になってきた。あれは確かに幻聴とか夢のような会話だったけれど・・・
私の今のやりきれない日常よりも、とてもリアルな感情を感じた気がする。

「ねぇ、あなたはなんでいつも、月を見ているの?」

周囲に人がいるかの確認もしないで、私はまた月見草にあの夜と同じことを聞いた。
これは独り言だといういいわけは後でかんがえよう。
いや、それも必要ないか。どうせ返事はないのだし

   それ、このあいだも聞いてきたよね

・・・聞き覚えのある声だった。

私は一応現実的でクールなキャラのつもりなので
一応、周囲をみわたす演技をしたり独り言の言い訳をひととおりしてみてから。
とりあえずあやまった。もはや非現実がどうとかよりも月見草と会話できることが素直にうれしかった。

「ごめんなさい。あの時酔っ払ってたから。あなたと会話したのは幻聴か何かかと思っててた」

   そういえば、酔っ払っていたよね それに そう思うのは当然だよ

「ごめん」

   いいよ ぼくも人と話せるなんて知らなかったし 初めてだったから

月見草はそのことをしばらくしゃべっていた。
それから不思議なことがあるものだねとお互い言い合った。
そのまま世間話のようなものがはじまりそうな雰囲気になったが、私はとりあえず先にこれだけは聞いておきたかった。

「ねぇ、それで。なんで、あなたはいつも月を眺めているの?」

ほんとに覚えてないのかと苦笑いのような声で言った後。
人間風に言えばと付け足して月見草は小さな声で答えた。

   あそこに ぼくの 大切な人が いるんだ

なぜかわからないけれど、私は少し苦しい気持ちになった。
その後、何かいわなければいけないような気がしたけれど。言葉が見つからなかった。
少し気まずい沈黙が続いてしまった。

   ごめん 自分でも変なこといっているとわかっているんだ

そう月見草が言って、沈黙が終わった。
私はより苦しい気持ちになった。けど誤解されたくなかったから言った。

「変に思わないし変なことなんかじゃないよ」

   ありがとう


月見草は声まで白いと、その夜私は思った。
それから
やはり、月見草は彼にとても似ていると思った。



12月20日

あれから、私は毎日のように月見草と短い会話をしている。
月見草の『大切な人』と私の『元恋人』の話題以外の話をしている。

価値観が別なので、会話よりもだまっている時間のほうが多いが、
むしろそういうだまっているときの時間のほうが、価値のある時間のような気がする。

月見草は少しでも月を近いところで見たがっていることはすぐに判明したので、
月見草は、いま私のマンションの屋上から毎晩、月を見ている。

私は別れてしまった男に、すぐに謝りのメールを送った。
私はあの日から彼を『バカ男』とは呼ばなくなった。

会社の同僚に元気がないといわれた。
今日は天気が悪いからだよとから笑いしながら答えた。
元気がないのはメールの返事がないからだったけれど、
そういえばこの人たちとの飲み会でもバカ男と叫んでいたことを思い出してしまって、
その男のことで落ち込んでいるとはいえなかった。

確かに今日は天気が悪かった。
雨も今にも降り出しそうで、空は雲で埋まっていた。

これでは今日は月が見えないな。
そういえばそういう時、月見草はどうしているのだろう。

帰宅して、屋上に行ってみた。すでに雨がふってたからかさをもっていった。

屋上のドアを開いて、顔を出して覗いた。






 前の  INDEX  後の


ぺんぎん