hazy-mind

2005年05月08日(日) 『north end』 どたばた くだらないです



長女の名前は『朝』
次男の名前は『昼』
そして末っ子の僕の名前は『夜』
というのが当たり前な気がするが、何故か僕の名前は

『鉄雄』

何故?

一体家の両親は何を考えているのだろう?
もしかしたら僕は本当はこの家の子じゃないのかもしれないと思い、いろいろ調べてみたけれど、やっぱり僕はこの家の子どもだった。
せめて『夜』じゃなくても
『夕』とかにしてくれればよかったのに。

「夕!」

ハナが呼んでいる。
ハナは『花』と書くのか『華』と書くのかどちらとも違うのか知らないけれど。

「ハナ。こんにちは」

「なに、挨拶なんかしてるのよ?また考えごと?」

「そうです」

「敬語だし・・・どうせまたつまらないことでも考えていたんでしょう?」

つまらないことではない。
そう言いたかったがハナに本名を知られるのも嫌だったから、ただ笑った。

「夕。今日はなんのよう?」

ハナはいつもこう言う。自分から話しかけてくるくせに。
最初に話しかけてきたときもそうだった。
ねぇ、なんのよう?
と本当に不思議そうな顔をして聞いてきたのだ。

何だこの変な女はと僕はひるんだが。
ハナの香水が、昔付き合っていた女の子と同じだと気づき、少し落ち着いてこう言った。

「僕は夕方の夕と書いてゆうと言うんだ。君の名前が知りたいな」

ハナは驚いた猫のような表情をしながら、とても大きな声で言った。

「ハナ!ハナよ!夕。あなた変ね」

変なのはそっちだろう。

以来、ハナは僕を見かけるたびに「夕!」と呼び、「今日はなんのよう?」と続ける。
初めの頃は結構大変だったが、今はもうなれた。

「ペンギンを見に北極に行くんだけど、一緒に行かない?」

などと、すらすら嘘をつける。
ペンギンがいるのは南極で、北極にはいない。

ハナは満足そうに

「電車?バス?」

などと言う。

別に僕らの間にはロマンスはないので、手など繋いだりしない。
ハナが少し前を歩き。
僕はその後を犬のようについていく。
いつものスタイル。

ハナは時おり鼻歌を歌いながら、歩き。時おり気難しい表情をしながら、歩く。
僕はただ黙って歩いている。
鉄雄。鉄雄。と考えながら。

ふと脇道に目をやると、小さな看板が視界に入った。

「ハナ!」

気づくとずいぶん前を歩いていたハナを呼び止める。

「なに?夕」

「・・・北極に着いたよ」

『north end』という名のその喫茶店は、店主が世界中から集めたのだという雑貨が壁に所狭しと並べられており、値札は付いていないが気に入ったら売ってくれるらしい。

「ペンギンはどこ?」

店に入った瞬間にハナがそういうんじゃないかと思ってひやひやしたが、ハナは何も言わずに、雑貨にも目を向けずに席に付いた。
一体、ハナは天然なのかそれとも僕に対して演技をしているだけなのか、よく分からない。
まぁ僕も、名前からして嘘をついているわけだから、あまり突っ込めないのだが。

「ご注文は?」

そう店主に言われ、あわててメニューを見ようとしたが、テーブルのどこにもメニューの姿がない。
困って、あの、メニューは?と言おうとした僕をさえぎってハナが言った。

「ペンギンミルク2つ」

ハナ!?ペンギンミルクはペンギンの胃液だよ?
しかも2つって・・・なんで僕の分まで!?

「かしこまりました」

!?あるの!?

ハナは勝ち誇ったようにふふんと僕を見た。
なんだその態度は。

「ハナ」

「なにかしら、夕」

『かしら』?なんかむかつくな。
まぁいいや。

「ハナ、お店の人を困らせるようなことは言っちゃいけないよ」

「?困っていないじゃない?」

いや、まぁ、それそうなんだけれども。
だいたい何故お店の人もすんなり「かしこまりました」なんて言うんだ?
ないだろう。絶対。
他に誰も客がいないし、メニューもないし、この店変だ。
『north end』って言う名前なのに北極らしいものは何も置いていないし。
変と言えば僕の名前だ。
『鉄雄』何故、鉄雄なんだ。
まぁ、よし、わかった。『朝』『昼』と来て、何故『夕』や『夜』じゃなかったのかはこの際よしとしよう。
両親の気が変わったかのかもしれないし、苗字との語呂が悪いのかもしれないし、占ってみたら不吉な名前だったのかもしれない。
それはいいとしよう。

でも何故『鉄雄』なんだ。
『雄』はいい、男らしいし、かっこいいし、特に文句はない。
でも何故『鉄』なのだ。
同じ鉱物にしてももっといろいろあるじゃないか。
石や銅は論外だけど、もっと価値のある鉱物があるじゃないか。
『金』とか『銀』とか。

・・・・・・銀?

・・・・・・銀?

・・・・・・・・・シルバー!?

その手があったか!?

「夕!」

「はい、なんですかハナ」

「・・・また馬鹿なこと考えていたんでしょう。ほらペン」

馬鹿なこと?そんなことはないこれはとても重大なことだ。
銀。銀。素敵な響きじゃないか。
クロムとか。かっこいいもんな。
鉄より女の子にもてるんじゃない?
いや別に僕はそんな浅はかな男じゃないよ。
なんだかちょっとお腹が痛いな。
清涼飲料水の飲みすぎかな。
「鉄雄と言う名前好きだよ」
と言ってくれた女の子もいるけれど、僕はその子がそう言ったそれだけの理由でその子を嫌いになった。
価値観の相違と言うものはあれだね。どうしようもないね。
価値観の相違。
犬と人間ではどれほどの相違があるのだろう。
この前コンビニで見つけたアレ。
アレは本当に美味しそうだった。
食感とかこりこり感とか想像しただけでほっぺが落ちそうになった。
値段が少し高かったが、欲求のほうが強かった。
僕は爪を研いだばかりの猫のように、優雅な足取りでレジへ向かった。
コガタケン用でよろしかったでしょうか?
と店員に言われた。
『よろしかったでしょうか』?
なんだその日本語は、違和感を感じるぞ。
まぁでも別に店員さんが悪いんじゃなくて社会が悪いんだろうけどね。
・・・コガタケン?
コガタケンてなんだ。
そう思ってよくよく
『軟骨ビーフジャーキー』を見てみると
そこには確かに『小型犬』の文字が・・・・・・

いや、いいんじゃない別に。
肉は肉だし。
人が食ってもいいんじゃない?
え?でも人としてそれってどうなのよ?
鉄雄。鉄雄。良く考えるんだ。
これは近年まれに見る葛藤だ。
デニーズにしようかバーミヤンにしようか迷ったとき以来の葛藤だ。
鉄雄さんて犬飼ってたんですね。
は?『鉄雄』?
なんで店員さんが僕の恥ずかしい名前を知っているの?

・・・ってお前近藤!?
なんでお前がここに!?
お前は確か
「俺、ミミズになるっす」
とかいって高校辞めたじゃん。
正直あの時のお前ほどかっこいい男を他に見たことがない。
あの夢はどうしたんだ。
夢とはかなわないものなのか。
なぁ、近藤
お前はこんなところでレジを打っているレベルの人間じゃないだろう。
なぁ、近藤!?
鉄雄さんちの犬ってザッシュですか?
ザッシュって見たことないけどすごいかっこいい名前ですよね。
ゼットエーエスエイチ、『zash!』
雷野郎みたいな響きですよね。
チョー見たいんすけど俺。
「すまんが近藤、僕の家で飼っているのはデラックスぶなぴーだ。でかいぞ。
 zashよりもかっこいいよ。名前をクゥと言う。
 キューオーオーでQooだ。
 言っておくが近藤。
 今お前が思い浮かべたQooとはおそらく違うよ。
 まぁあれもぶなぴーの仲間で
 チョッピリぶなぴーという種類なんだ。
 けど、家のはあれとは比べ物にならないね。
 デラックスだから。
 分かるかデラックス?
 ディーエックスと書いてDXだ。
 先生のチョーク入れみたいでかっこいいだろう。
 意味は『キリンとクジラどっちがおっきいか』を
 熱く語り合ったお前になら分かるだろうが
 (口をすぼめながら小さく前ならえをし)『マジすごいっす!!』
 と言う意味だ。
 ところで近藤、僕をその名で呼ぶな」

パシン


と音が聞こえたと思った。
それから左ほほに痛みが走った。
前を見るとハナが泣いていた。

「どうかしたんですか、ハナ」

「・・・怒っていい?夕」

ゾクリとした。
前にハナを一度だけ怒らせたことがある。
今と同じように
「怒っていい?夕」と言ってきたハナに、
僕は「いいよ」と笑いながら答えた。
その後、ハナは、ハナは・・・
恐ろしくてとても言えない。

「ちょ、ちょっと待ってハナ!」

「・・・・・・・・・」

泣いている。これはやばい。奥の手を使うしかない。

「ハナ!ハナ!ミニチョコサンデーはどうなったんだっけ?」

そう聞くと、ハナはぴたりと泣くのをやめ、
またたびを与えた猫のような表情で話し出した。

「ミニチョコサンデーは399円なの」

いつもの話が始まった。
僕はほっとして、うれしくなり、
うんうんと相づちを打った。

「ミニチョコサンデーのあのカリカリのつぶつぶがぶどうに変わっていくの」

「うん」

「チョコレートがタコの墨に変わっていくの」

「うんうん」

「バニラが温泉になって」

「へー」

「フレークが白魚になって泳いでいるの」

「白魚!?」

「私、本当にびっくりしちゃった」

「そりゃそうだ」

「あんな経験初めてだったから」

「僕も初めて聞いたよ」

「でも、とても素敵な味だったわ」

「食ったんだ!?」

ハナが笑う。
僕も笑う。
良かった。怒られないですんだ。

「夕、出るわよ」

「え?ペンギンミルクは?」

「なに言ってるの?」

テーブルの上を見ると、ハナの前に二つのグラスが置いてあった。
乳白色の液体がかすかに残っているだけで、二つともほとんど空だった。

「ハナ、飲んだの?」

「?当たり前じゃない」

「え?僕の分は?」

「夕、なにか頼んだの?」

「え?あ?いや・・・そうか」

「夕。あなた変ね」

変なのはそっちだろう。

『north end』を出て、店の前に立つ。
ハナが動かない。
いつものスタイルはどうしたのだろう。
ハナが前を歩いてくれないと、僕が後ろを歩けないじゃないか。

「ハナ」

「なに。夕」

「歩かないの?」

「歩くわよ。夕」

そういってハナは手を繋いできた。
初めてのことだったので僕はびっくりして
「きゃあ」と短く叫んだ。

「ハナ・・・」

「なに。夕」

「僕たちの間にロマンスは」

「ロマンス?何を言っているの夕」

「いや・・・」

「ねぇ。夕」

「なに。ハナ」

「明日は、なんのよう?」

「・・・ハナに」

「・・・?」

「逢いに行くよ」

「それだけ?」

「そう、それだけ」

ハナが笑う。
今まで見たことのないような笑顔。
音符が付いているような声を上げて笑う。
ハナ。
ハナと言う名前がもし本名なら
やっぱり『花』と書くんじゃないのかな。
だってハナの笑い方は
ダリアの花が咲くようだ。

「ハナ」

「なに。夕」

「ペンギンミルクは美味しかった?」

「夕?あなた飲んだことがないの?」

「ないよ。ハナ」

「夕。あなた。変ね」

僕は、ハナの手のひらから伝わる温度から、
ハナの平熱は36.2度だと思い。
少し、笑った。





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