ビニール袋に空気を吹き込んで膨らませる。 それから口のところをゴムで縛る。 それを宙に放る。
それから見たら、天と地は逆転して見えるんじゃないだろうか。 もしくは回転して。
彼女には机の上においてある時計の秒針が、 すこしテンポが速いように感じてならなかった。
だから時計を止めたかった。
だけど時計を壊す気にもならなかったから、彼女は外に出た。
ふらふらする。
ふらふらする。
ふらふらする。
病院のトイレに何とかたどりつき、鍵を閉めてうずくまる。
途中で大丈夫ですかと言われた気がしたが、気にしなかった。
この右腕にある小さな刺青は、どうしていれたのだっけ。 逆三角形が二つ重なったような刺青。
そんなことを考えながら、タバコを吸った。 このタバコは甘い。
トイレに吸殻を流す。 落とし穴に落ちるような吸い込まれ方で吸殻が落ちていく。 急に地面がなくなったかのように。
なにがそんなに不安なのか。
トイレから出て長椅子に倒れこむ。
隣に座っていた男が大丈夫かといってきたが、気にしない。
テニスボールくらいの大きさの玉が転がってきた。 彼女を見て笑っているようだった。 彼女は起き上がりボールをふんだ。
パンッ
玉はそんな音をたて破裂した。
彼女はまた長椅子に横になった。
携帯電話を取り出していじる。 ボタンを押すたびにピッと音が出るが、気にしない。
ここの空気は粉っぽい。 小さな点や大きな黒い点が宙にたくさん浮いているようだ。
さっきの玉はなんだったんだろう。 どうでもいいか、そんなこと。
そんなことを携帯に打ち込む。 誰かに送るわけでもない。
係りの人に名前を呼ばれる。
ふらふらしながら診察室へ入っていく。
後で自分の名前の意味を辞書で調べてみよう。
何も変わらないと、いつものように細い声で医者に言う。
診察室から出て、長椅子に横になる。
また玉が転がってきて、彼女の前で笑う。
彼女はそれを無視しながら、刺青は何で入れたんだろうと思いだそうとする。
家に帰った彼女は、時計の電池をはずした。
ありがとうございます
そう時計が言ったが、気にしない。
彼女は笑った。 なにがそんなにおかしいのか。 わからない。
膨らませたビニール袋を宙に放る。 逆さまになって落ちてくる。
きっとそれからは天地が逆になって見えるはずだ。 もしくは回転して。
彼女は漢和辞書で穐と言う字を調べた。 秋という意味だった。
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