そういえばあのひとが死んだのは5月だったのだ、と
数秒の空白の後に僕は気付く
あれは昂揚した日曜の夜 一本の電話で微塵に砕かれる夜
水曜だった、と聞いた そういえば
今から何度も何度も忘れるだろうその日のこと。 思い返すたびに軋むように痛むだろうその日のこと。
まだ語らない よく眠って、忘れてしまえ、と思った夜の暗さ碧さを憶えている。 あのひとは光で、熱で、砂嵐のように茫漠としたこの世界の中にごく稀少な僕のいのちで
ここに井戸を抱えている 底も見えない深い井戸だ。 時折その井戸の中に僕は沈む。 とぷりと、息をひそめて見上げる水面はみどりいろに円い。
この井戸のどこかにあのひとの熱がある
その記憶は僕に秘かに甘い。 ここに井戸を抱えている。
底は見えない。 もう沈んでいくひとの姿は見えない
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