部屋を掃除した。
本以外のかなりのものを片っ端から捨てた。 凄まじい量のモノがゴミ袋の中に消えて行って、あぁあれがゴミ収集車の中に飲み込まれて灰になるのだ、と思うと何だか不思議な気持ちになった。
同じように僕は記憶を整理している。 季節が巡るたびに思い出すものは上書きし、思い出さないものはもう不要なものだ。 何度も、思い出される度に記憶は痩せていく。 今はもう、あのひとが死んだことも苧環の甘い匂いが連れてくる痛くて苦いものでしかない。 痩せていく記憶はもう、惜しんだところで仕方のないものだ。 そうして今では僕は、上書きを求めて過去を掘り返したりはしない。
忘れていくヒトは忘れられるだけのもの、 痩せていく記憶は痩せてしまうだけのものだ。
それを惜しんだところで未来が変わるはずもない。
ただしきりに胸が痛む日がある。 眠れぬ夜に冷汗の痺れに闇の中で目を開いている。 泣くことは忘れた。 目を開いているだけでただ、水のように滾々と涙が涌いた日はもう遠い。 痛みはただの痛み、痺れはただの痺れ、 言い聞かせるまでもなく、蝕む痛みはいっそ心地好い。 望むモノと望まぬモノとの間で、 せめて曖昧な嘘のつき方が知りたくて目を閉じる、闇の中に甘い苧環の香り。
ヒトの痛みはヒトの、この物狂おしさは僕だけの、 つのる言い訳は春の匂いが薄れるにつれて遠退くはずで、もう少しもう少しと自分を誤魔化しながら眠りを追ってみる、けれどもしかしたらもうどうにもならないかもしれないと考える。 喉の奥の痺れに目を開いても真っ暗な闇。
隣に誰が居たところで 夜が明るくなるわけでなし。
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