ジョージ北峰の日記
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2015年08月28日(金) 悪性新生物ーこの化物の正体を暴く

  次に癌治療に対して、「癌の第2法則」の持つ意味について考えてみよう。
結論を先に言うと、癌細胞が常に「悪性細胞から悪性細胞だけを生み出す」のではないという点が重要なポイントなのだ。

 つまり癌には、極めて悪性度の高い「IV期の悪性細胞(M)」から「正常に近い細胞(N)」が生み出されるメカニズムが存在するのだ。
実は、このメカニズムこそ癌の治療考える上で最も重要なポイントになるのだ。

  今、[N]は分化した正常に近い細胞、[M]が悪性幹細胞とする。
ケース(1) ある癌で、分裂幹細胞[M]と分裂出来ない分化細胞[N]の2種類の細胞からなる細胞集団を考える。

   細胞[M]だけが分裂可能で分裂できない細胞[N]を絶えず生み出す場合。
一般に抗癌剤は、よく分裂し増殖性が高い細胞[M]を攻撃するが、正常に近い(分裂出来ない)細胞[N]には攻撃しないように設計されている(抗癌剤が正常細胞を攻撃することは可能な限り避けたいからである)。

  この場合、癌細胞の治療は,
細胞[M]のみが攻撃目標で細胞[N]については考慮する必要が全くない。
 この際同時に出現した細胞[N]は分裂しないので薬の効き目はなく、この細胞[N]が治療を回避したとしても、一時的なもので、いずれ寿命が来て(正常の赤血球や白血球のように)死んでしまう。
つまりこのケースでは薬は増殖の盛んな細胞(M)だけを攻撃すればよく、比較的簡単に治療戦略を立てることが可能である。

  しかし実際には、悪性度の高いIV期癌細胞では、癌の第2法則が有効に働く。
つまり悪性度の高い細胞[M](がんの幹細胞)から低い細胞[N](正常もどきの細胞)が、逆に悪性度の低い細胞[N]から高い細胞[M]が絶えず出現していると考えられるのだ。
ケース(2)
このケースでは、抗癌剤が投与されている期間、分裂盛んな細胞[M]は嵐の吹き荒れる最中、 多くは死滅するだろう。 が、同時に出現したもう一つの(N)細胞は正常細胞に極めて近く分裂もスローなので、抗癌剤の効き目が悪く、抗癌剤が使用されている間は深海に棲む貝のように殻を閉ざして嵐が過ぎ去るのを待つ。抗癌剤の使用が終わると(嵐が静まると)、再び活動を開始、[N]細胞から分裂盛んな[M]細胞(怪物)が出現し始める(癌再発のメカニズム)のだ。
 
  新たに出現した細胞[M]は増殖を開始するが、厄介なことにこの細胞は、一度使用された抗癌剤には抵抗性を獲得しているのだ(まさに水爆実験後に産み出されたゴジラのように)。


   実際、薬剤や放射線で治療された症例で、治療後の癌組織を顕微鏡で詳細に観察してみると、取り出された組織のあちこちに、一見大人しそうで、ほとんど分裂しそうもない細胞が小さな集団をなして、ひっそり生きのびている姿が見られる。
  実は、この静かな細胞こそが再発の元凶となる「癌の芽」なのだ。
このような正常細胞に近い(N)細胞は抗癌剤で退治することが出来ない。
なぜなら、先に述べたように抗癌剤は正 常細胞(分裂をあまりしない細胞)には可能な限り作用しないよう設計されているからだ。それだけではない。再発癌細胞は、一度経験した薬剤には抵抗性を獲得しているのだ。


  つまりIV期の癌細胞は、治療後、環境の変化に応じて正常細胞に近い(N)細胞から極めて(前より)悪性度の高い(M′)細胞に変身(変異)しているのだ。


   ところで、つい最近まで、正常の皮膚細胞が胚細胞に変化し動物の成熟成体が出来るなんて誰が想像しただろう(iPS細胞)。

  受精卵から成体が誕生そして老化から死へ向かう方向は「一方向のみ」であると誰もが信じてきた。

  しかし人の皮膚細胞から、正常個体や神経・筋といった高度に分化した組織が実際に作り出されるようになったのだ。
この技術が進歩すれば、いずれ皮膚細胞から新たに作った組織を利用して治療困難な疾病の治療に応用できると言う。

   だが病理医は、はるか昔から興味ある腫瘍(この医学用語は必ずしも癌を指す言葉ではない良性腫瘍も含まれる)を知っていた。それは「奇形腫」と呼ばれていた。この腫瘍は人間の「毛髪」「歯」「筋肉」「神経」「眼」など多彩な組織を腫瘍内に作るのだ。

  病理医は冗談で腫瘍からこれらの組織を取り出し「脱毛症や虫歯、近視」の治療に使いたいくらいだ、と笑っていたことがあった。
   又悪性腫瘍でも悪性度の高い細胞ほど、正常ホルモンを産生したり、又他にも色々な正常タンパク質を産生しうることが知られていた。

   つまり腫瘍細胞が、ある条件下では未熟細胞から成熟細胞に変化しうる点で、「iPS」細胞によく似た性質をもっていたのだ。


  つまり腫瘍細胞の性質は「iPS」細胞ほどではないにしても、そのような性質を一部再現した細胞だったのだ。

   だとすれば、(癌細胞は環境の変化に応じて自分勝手に変化している点が[iPS]細胞と異なるが)いずれ癌細胞も周囲環境を変えてやることによって、ある程度、我々の思うように性質を変え得るではないか?と考たくなる。


 つまり、これが「癌の第二法則」の持つ重要な意味なのだ。
  癌細胞はある意味で自然が作った[iPS]細胞なのだ。


ジョージ北峰 |MAIL