ジョージ北峰の日記
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19 私が、将来「恐竜の研究」をする目標をたててから、私の内面生活は充実感あふれるものに変わっていました。朝も夜も毎日図鑑を見て、恐竜が、草食か肉食か、どんな生活をしていたのかなどを調べるのです。 当時は、学習の教材を買う余裕がなかったのでボール紙や、板を切って、いろいろな恐竜の模型をつくるのです(むろん、兄が手伝ってくれるのですが---いやほとんど、兄の作品と言った方が正しかったかもしれません)。 私が模型つくりに熱がはいてくると、日々の学習が少しおろそかになります。 心配した母が、模型や図鑑を取り上げようとしますが、そんな時は兄が母に「これは子供の自立にとって、とても大事な第一歩だ、学校で習う勉強より、もっと大事だから禁止しない方がよい」とかばってくれるのでした。 それから私と兄の間に、暗黙に通じあう部分が出来たように思えるのでした。それからは、夜には2人で山へ修行に言ったり、時に、体を鍛えるために走ったりすることもありました。兄は私に人間として、自立することの大切さを教えようとしていたのでしょうか。 「お前も、自分の趣味ばかりにかまけていないで、周囲を安心させるために勉強に身を入れることも大切だよ。それは将来恐竜の研究をするにしても、きっと役に立つ」
兄の色々なアドバイスもあって、それから私の読書や勉強の仕方に変化が現れ、自分の精神生活が徐々に充実して行くのが分かるようなるのでした。 それからは、子供達と遊ぶ機会がめっきり少なくなっていました。 そんなある初夏の土曜日、確か小学校の5年生になって間もない頃でした。N子が「二人で話したいことがある」と言うのです。その日N子には、幾分元気がなさそうに見えたので、昼食後、2人で散歩しながら話そうと別れたのでした。
私の家の裏道から、樵(きこり)さんがよく通う池のわき道を歩くことにしました。 雨上がりの空はどんより曇っていましたが、山にはピンク、白のツツジがにぎやかに咲き乱れていました。池の水面に、ときどき小さな魚が跳ね、山手近くにカイツムリが2羽浮かんでいました。しばらく見ていると、1羽が水中へ潜る、そしてまた別のところへ浮かび上がる。するともう1羽がすぐ潜って、すぐ近くに浮かび上がる。とても仲良しそうに見えるのでした。 「あのカイツムリ達はとても仲がよさそうだね」と話しますと、N子は、それには答えず、なぜか淋しそうに頷き突然、意を決したように「T君、わたし転校することになったの」と空を見上げ、涙をこらえるような仕草を見せたのです。 突然のN子の表情の変化に、私は驚きました。N子が何時になく蒼白で、消耗しているように見えました。 心配になって「えっ!なぜ、どうかしたの?」と聞き返しますと「私は、引っ越しするの」とN子 「でもお父さんは、会社があるだろう?」たたみかける様に聞き返しますと 「引っ越しするのは、私だけ」 「えっ!何故?」 N子は泣き出しそうな表情のまま「本当はね、私は、入院しなければならないんだって」と言ったのです。 「入院する?---病気なの?」N子は力なく頷く。 そこには、いつも活発で、元気なN子の姿はありませんでした。 その当時、私には病気だとか、入院だとかは、別世界の話でした。私の母が死ぬか生きるかの重病に罹った時さえ、本当の病名も分からぬまま、家で療養し、時折「お医者さん」に来てもらう程度でした。だから、N子が入院と言っても、それが何を意味するのか想像さえ出来ませんでした。 ただ、いつも元気で、明るく、誰からも信頼され、勿論私も心の奥底から「姉」のように慕っているN子が突然クラスから居なくなることが耐え難いことに思えたのです。殊に学校では、彼女は絵や習字が得意、知識も豊富で、皆が、いや先生でさえ一目置いている存在でした。なにか行事があるときは、彼女が中心になってクラスを取り纏めていたのです。 (当時、私は何処かで彼女に対抗する気持ちもあって勉強していたにちがいありません)だから彼女のいないクラスを想像することは、恐ろしいことでした。 精神的支柱の抜けた学校を想像するがとても不安だったのです。
「大変だなー」私は考え込んでしまいました。 「寂しいの」N子が尋ねる。 「N子の居ない教室なんて想像できない」と私が答える。 「私が居なくても、友達は一杯いるじゃない?」 「N子は字や絵も上手だし、学校対抗でもよく表彰されていて、N子は僕等のクラスみんなの誇りだったからー」 「T君も賢いじゃない。この間の工作の恐竜の模型は、先生も感心していたよ」 「あれは、兄が手伝ってくれたんだよ」 私が、正直に告白しますと、N子は「T君のお兄さんは何でも出来からすぐ頼ってしまうのね」と初めて笑顔を見せるのでした。 山の谷間を細い渓流が流れていました。 川辺に下りてサワガニを掴んだり、途中でつつじの花を摘んだりしながらゆっくり山を上っていきました。いろんな鳥の鳴き声が聞こえてきました。それから私は、兄といつも行く修行の場へ彼女を連れて行くことにしました。 「兄と夜中に、よく歩いて行く秘密の場所があるんだ。N子にだけ、教えてあげよう---」 周囲は杉林で、風でざわざわ揺れていました。材木を運ぶトロッコの線路を登って行いくと「怖いところね」とN子が 薄気気味悪そうに話す。 突然、カラスが「カアカア」と大声で鳴き始めました。 「怖くはないの」彼女は辺りを見回しながら、急いで手をつないでくるのでした。 ようやく修行場の広場に着き、街が見えてくるとN子は少し元気になって街の方を指さし「私は、あの街よりもっと遠い所に行くけれど、必ず元気になって帰ってくるから、それまでT君は待っていてくれる?」 その時、私は彼女の「待っていてくれる」という意味がよく分からないまま「勿論だよ。でもどのくらいの間入院しているの?」 「分からない」N子は呟くように言うのでした。 「だけど、私が入院している間、私が早く良くなるように祈っていてね!」 彼女は何時になく女の子らしく振舞うのでした。
帰り道、私は自分の将来の夢、動物学者になりたいなどと話していると、「お医者さんになって。そして私の病気を治して欲しい」と少し、甘えたような口調で話すのでした。 「いや僕は動物学者になって、世界中を冒険したいんだ」と言い返しますと、N子は「それでも、いいわ」と笑いながら答えるのでした。 当時、私は、N子に較べると精神的に随分幼く、人の気持ちを理解すること出来なかったのです。 この日の二人の会話はちぐはぐで全くかみ合っていませんでした。 後にこの日のことは、随分後悔することになったのでした。
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