ジョージ北峰の日記
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2010年05月10日(月) オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム

 ある日、政府の高官と称する人が私達の島へやって来ました。彼は私に、自分はラムダ国のエージェントだと身分を明かした上で 
 「今回の戦争はまだ終結したわけではない。ある情報では、さらに大変な事態が起こる可能性がある。私達も、遺伝子の保存のため地下施設建設を急ぐ必要がある。今の状況ならこの国で、それも可能だ。その協力をあなたに伝えに来た」と、テキパキした口調で言うのでした。
「大変なこと?また核爆発が起こるのですか?」
「その通り」と彼、
「えっ!わが国は大丈夫---ですか?」と驚いて問い返しますと、
「それは分からない。ある情報では、核を使った国を、そのまま残すことは危険だ---」と、彼は周囲を伺うような素振りを見せて答えるのでした。
「それは、地球上から彼等を抹殺するということですか?日本は?」さらに小声で尋ねますと、彼はさらに辺りに伺うようにしながら、「そうではないが---何らかの手を打たなければと言うことです」と、頷いたのです。
「とにかく、私達は急がねばなりません。近いうちに、何が起こるかわかりません。その時、再び国際社会は大混乱に陥るでしょう。この国も避けて通れません」
私は、ふとパトラのことが心配になり、「パトラは如何しているのでしょう?」と、尋ねますと「女王は今Z国で活躍しています」と答えるのでした。
 私は、今回のことがパトラの働きだと知り「やはり」と納得しましたが、彼女に何か危険が降りかかりはしないかと不安が募るのでした。しかし又しても新しいニュースが飛び込んできました。難民を受け入れたZ国に対して、攻撃しかけた国があったらしいのです。
  私は一瞬「パトラは大丈夫か?」と不吉な予感がしたのです。
 「パトラを守ってやってください---!」
 私は天を仰ぎ、祈りを捧げていました。
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  突然、テレビ放送、ラジオ放送などの通信手段が途絶えてしまいました。私達の島は完全に孤立してしまったのです。本土方面の灯りも消えていました。さらに最悪は青空が消失したことでした。昼でさえ、太陽光線が厚い雲で遮断され、夜は月の光も全く届かず漆黒の闇夜になるのでした。隣人の顔さえ見えない程でした。幸い私達の地下施設には、地熱を利用した自家発電の設備があり、日常生活には支障はありませんでした。
  一方本土は恐らく大混乱に陥っていたに違いありません。通信システムが全く機能していないのですから、社会秩序は次第に崩壊し、生きる夢を失った人達の中から暴徒化するグループが出て来るに違いありませんでした。経済のグローバル化が進んだ時代では、通信手段の崩壊は、社会の崩壊を意味していたからです。
  弱肉強食の論理が跋扈(ばっこ)するのです。私達も事態に如何対応するか連日会議が持たれました。太陽光線が遮断されたことによる気温の低下や放射能を含んだ灰や雨に対して如何対処するかが中心の課題になりした。地下施設から外出する時は放射能に対する防護服を着て出なければなりません。そんな状況下では動物を飼育することも、農地を耕すことも不可能なのです。
  まず、食物の確保をどうするか?大問題になります。そればかりではありません。太陽光が遮断された状況下で気温はどんどん下がりつつありました。このままでは海は凍りついてしまうかもしれません。つまり温度対策が最も大切な課題でした。
  何もしなければ、氷河期を迎えることになるかも知れません。そうすると氷河期に恐竜が絶滅したように、私達もまた絶滅することになるかもしれないのです。
  「幸いこの島では地熱が利用できる。電力を失うことはありません。さらに表面が氷で覆いつくされれば、放射能を氷の中に閉じ込めることが出来ます。地下に放射能が侵入することも防げます。とすれば放射能から自分達を守ることも可能になるでしょう。完全に氷河期が来れば外出することだって可能になるのではないですか?つまり地下に安全な生活圏を築けば、私達は生き抜くことが出来るのではないですか?」と若い人が発言しました。
  予想もつかない彼の突然の提案(しかし、そのことは、私も考えてはいたのですが)に「有難い」と私は考えました。幸い島の住人は若い。体力もある。「このまま死を待つ手はない。皆で力を合わせて地下に私達の生活圏を築こうではないか」と皆で決断したのです。
この時ほどラムダ国人の協力あればと思ったことはありませんでした。彼等こそ地下施設のエキスパートだったのですから---。
  一方暗黒の世界になってから、パトラからは何の連絡もありませんでした。しかし私には確信がありました。「パトラは死んではいない。必ず帰って来ると---何時もそうだったから---」と、それ迄私達は生き残りをかけて全力を尽くそうと考えたのです。
  皆が連日寝る暇もない作業を続けていました。陸や海が完全に凍りつく前に、作業を進めなければならなかったからです。
ある日、皆が身も心も疲れ果て、休息室に集まって来ました。「これ以上働いても無駄ではないか」と弱音を吐く人も出てきたのです。

  「久しぶりにパーティーを開いて元気を出そう」と呼びかけました。そして、大切残してきたアルコールを出して乾杯することにしました。「これが最後の晩餐でなければいいが---」と冗談を言っても誰も笑いませんでした。しばらく沈黙が続きました。

  と、突然女の子が、大声で叫びながら「おじさん、外の様子がおかしい」と駆け込んできたのです。子供が外に出ることは堅く禁じていたのですが、その日は皆、気が緩んでいたのでしょうか。彼女は誰かに呼ばれたような気がして飛び出したらしいのです。そして外界の異変に気付いたのです。
  私達も慌てて外へ飛び出しまた!----驚いたことに、辺り一面が明るくなっていたのです。

  見上げると西空に雲の裂け目があり、其処からサーチライトの様に光が地上に差し込んでいました。何段にも垂れ下がる幕のような黒雲が裂け目の周囲を波打つ様に移動していました。雲の裂け目は金環日食の様に金色に縁取りされ輝いていました。地獄の沙汰に天国を見たとはこのことでした。
「なんと美しい光!」
 太陽がこんなに美しい光を地上に送っていたとは---本当に考えたこともありませんでした。
 遠く雲間の隙間から差し込んでくる光がプリズムを通したかのように海にキラキラ反射して波が七色に輝いていたのです。
誰かが「万歳!」と大声で叫びました。するとつられて皆が「万歳!」、「万歳!」と歓喜の声を上げました。 そして手を取り合ったり抱き合ったりして大喜びしたのでした。
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  夜が訪れる頃、劇場の幕が挙がるように、垂れ込めた黒雲はすっかり晴れ挙がり、空に星が輝き始めていました。漆黒の闇夜を経験した後だったので、夜とは言え、辺りはまるで昼間の様に明るく見えるのでした。波が星の光を反射しながら浜辺に打ち寄せている様がはっきり見てとれるほどでした。
  島民は、全員が夕食をするのも忘れ、地下施設から出てきて、久しぶりに見る美しい地球の景色に酔いしれていました。
すると先程の子供が突然「おじさん!あれ!」と大声で指をさすのです。
  今度は、遠く高い天空に赤、緑、紫に輝くオーロラの幕が波打ちながら下がってくるのが見えました。
初めて見る大空のショウに大人も、子供も感嘆の声を上げるのでした。
私が北極に降り立った時に見たあの壮大な宇宙ショウと同じでした。
泣き出す人もありました。母も「父さんにも、こんな美しいオーロラを見せてやりたかった」と涙する始末でした。
  私はふとパトラが、オーロラが出る日に「帰ってくる」と言っていたことを思い出しました。
核戦争が勃発してから、闇夜の中で希望を捨てず皆と一緒になって村を守って来たのは、パトラとの約束を信じていたからです。
今夜“パトラが帰ってくるかも知れない”という明るい希望と重なり、一刻も早く彼女に会いたいという気持ちが大きくなってくるのでした。
“パトラに早く会いたい”私は心のなかで叫んでいました。
  やがてオーロラの幕が挙がりますと、一層驚くことが起こったのです。
空の星が、以前私が見た時と同じ動きを一斉に開始し始めたのです。
その光景を見て「わあ!」と感嘆の声があちこちから湧き上がりました。
やがて星がチューブを形成しながら遠い水平線から浜辺の方向へ向かってゆっくりと移動して来たのです。
星のチューブは大きく拡大するとドーム状に広がり私達の島全体をすっぽり飲み込もうとしていました。近づいてくると蛍の光のような灯りが煌く(きらめく)膜様物に見えるのでした。
  それまで騒がしかった驚嘆の声は止まり、当たりがシーンと静まりかえりました。何が起ころうとしているのか分からなかったからです。一瞬時が止まったかのように思えるのでした。

すると、水平線の方向からUFOが飛来してきたのです。見る見るうちに大きくなり浜辺近くに着水しました。
「あれはUFO!」誰かが叫びました。「何だろう」口々に騒いでいますとUFOから上陸艇が下りて、岸を目指して進んできたのです。
皆はさらに驚いていましたが、私はこの事態をすでに経験していました。
ただ“パトラ”が帰ってきた、と期待で胸が膨らむのでした。
  やがて上陸艇から降り立った、外国人(ラムダ国人と私には分かりましたが、島民にとっては外国人に見えたに違いありません)と一緒に、死んだと思っていたはずの父と妹そして同乗の乗組員達が帰ってきたのです。
驚きで沈黙していた人々の喜びが一挙に爆発しました。大声を上げながら浜辺へ向かって走り出しました。
母は父と妹と抱き合って涙を流しあうのでした。又同乗していた船乗りの家族達も大声で泣き、抱き合い喜んでいました。あまりにも意外な出来事の展開に驚きもあったのでしょう、子供も、大人もそれぞれ船から降り立った人々を胴上げして無我夢中で何かを叫んでいました。
勿論、島へ帰ってきた父、妹を見て私も嬉しく、皆と一緒に喜びを分かちあいたかったのですが---私の期待に反して、ラムダ国人の中にパトラの姿がなかったのです。
若い科学者達は、早速ラムダ国人たちに、感謝の気持ちで話しかけていました。
  一方、パトラが帰ってこなかったことが、私には信じられませんでした。
「パトラ!オーロラが出る日に、必ず帰って来ると約束した筈なのに---」
私の気持ちは不安で動揺し始めていました。
海から吹いている風に気付きました。打ち寄せる波が白い飛沫(しぶき)を上げていました。そして山野の積雪が何時の間にか消え、木々が風に揺れているではありませんか。その様子はまるでラムダ国の風景を想起させるのでした。
私はふと、ラムダ国の海岸でパトラやベン、アレクに助けられた夜のことを思い出していました。
あの夜はどんなに故郷を懐かしく思ったことでしょう?そして家族にどんなに会いたく、故郷を思い出していたことでしょう。しかし今夜は、パトラが帰って来るという期待で胸が一杯になっていたのです。しかしパトらの姿はありませんでした。
私の心にぽっかり穴が開いたような、虚しさが襲ってきたのです。
  私が呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていることに気付いたラムダ国人が走りよってきました。「パトラは?」私は彼らに聞くともなく聞いていました。
彼らは何も答えず私の肩を優しくたたくのでした。
  これまで張りつめてきた私の気力が急に衰えてゆくのが分かりました。

  一方、UFOはまだ波にゆったり揺れていました。やがて再度UFOの扉が開きました。そしてもう1隻の上陸艇が岸に向かって進んできたのです。「今度は?」と私は胸が高鳴りました。
  しかし降りてきたのは、なんとベンとアレクとラムダ国の仲間達でした。皆が呆気にとられる中、彼等は私を見つけると駆け寄って来てくれたのです。私は、懐かしさと嬉しさのあまり、彼らに飛びついていました。
彼らとパトラと一緒に過ごした日々が一挙に蘇ってきたのです。
  さらに驚いたことに、老博士も一緒でした。老博士も私を、父のように優しく抱きしめてくれるのでした。
しかしこの時、何故か彼の悲しみが私の胸に厭と言うほど深く伝わってきたのです。私は老博士に「パトラはオーロラが出る日に、帰ってくると言っていたのです」と言いますと、老博士は頷きながら「そうだよ。彼女はオーロラになってドクターのもとへ帰ってきたのだよ」と諭すような口調で答えるのでした。
私は、一瞬絶句しました。
“パトラがオーロラになって帰ってきた?
 博士の一言は「パトラがもう帰ってこない」ことを、雄弁に物語っていたのです。
「パトラ!---オーロラになって?」
私は辺り構わず、大声で泣き崩れていました。
終章

私が遺伝子工学の研究を通じて、地球の歴史を探ろうと決心した時、地球は、既に数万年の人類の歴史に終止符を打とうとしていました。
そして核戦争が勃発、それが引き金となったのか地球各地で火山が爆発、太陽光線が遮られ地球は氷河時代を迎えようとしていたのです。
私は、偶然異次元の世界へ迎えられ、地球再生を目指すために、日本へ帰っていたのですが、私の故郷は本土から離れた離島にありました。それが良かったのか、この島は異次元の世界に比較的スムースに “引越し”することが出来たのです。以前パトラが“私達はラムダ国に住んでいるのです”と語った謎めいた話がようやく分かったのでした。又老博士が私達の為に“新しい国を創ろう”と話したことも---私の故郷こそが新しい国創りに適した場所だったのです。
  しかしラムダ国と同じ体制の国造りを老博士が望んだわけではありませんでした。 ラムダ国は、いわば生命体創造の実験工場でした。しかし彼は、私達の島(新しくラムダ・アース国と命名された)に自然と調和のとれた地球創世の原点になることを求めたのです。

  やがて老博士、ベン、アレクは島から去っていきました。しかし大部分のラムダ国人は私を助けるために残ってくれたのです。彼等は、島民と一緒になって国造りに積極的に参加してくれるのでした。
  やがて村人達とラムダ国人の間に意思が通じるようになり、互いが国造りに協力できる体制が出来上がったのです。
しかしこの島はラムダ国のように社会体制が遺伝子工学で制御された実験国ではありませんでした。
  ある夜私は、一人で、海岸を散歩していました。静かな夜でした。ラムダ国の海岸でパトラが助けに来てくれた日のことが懐かしく思い出させるのでした。
  その夜は星の姿も霞むほどの満月でした、海岸の砂浜に白い波が時折“ザー”と音を立てて打ち寄せていました。私は少し高い丘に登って腰を下ろしました。時折暖かい風が吹いてきました。
  と、懐かしい心地良い女性の香りが風に乗って漂ってきたのです。何気なく振り返えりますと“なんと”其処に以前と同じ姿のパトラが立っているではありませんか。
  「パトラ!」私は思わずパトラに飛びついていました。
   そしてその夜、私はパトラと懐かしいしいひと時を過ごすことが出来たのです。
「パトラ、君に助けて欲しかったのだよ!」と囁きましたが、彼女はそれに何も答えてくれませんでした。
  やがて夜が明ける頃「間もなくあなたと私の間に生まれた女の子が、帰って来るでしょう。その時は女王として大事に育ててください」とだけ言い残すと、視界から忽然と消えて行くのでした。

  付記
ラムダ国歴史学者であり考古学者でもあるSS博士が長年の研究成果としてアース・サイエンス レポートに、地球人として初めてラムダ国に迎えられ、地球の植民地の初代国王と考えられる筆者が書き留めた日記を翻訳された。
 その内容が爆発的な人気を博し、今も愛読者が増え続けているという件に関し、ラムダ国科学研究部部長が興味ある発言をされた。その内容の要約は次の通りである。

 「このN世紀前の国王が記したとされる日記は途中で途切れ最後まで記されてはいない。必ずしも当時の国造りを代表する第一級の資料とは成り得ないかも知れない。しかし初期のラムダ国と同時代に存在していた当時の地球人達がどんな問題を抱えていたのか、そして人間が何故滅亡したのかを理解する上で極めて貴重な資料になる。
 わが国が今後進めようとしている地球開発を考える上で、特に貴重な役割を果たすことになるだろう。

 さらにラムダ国科学部会でも、この日記に関して、その重要性が確認され、詳細な科学的調査に乗り出す必要があるとの結論に達した。
  最近地上のG砂漠で発見された人類が築いたとされる大都市の遺跡は、当時の地球人達の文明がいかに高度であったかを証明している。
  ただN世紀前に突然地球を襲った何らかの天変地異で地球上の生命体は人間を含めてほとんど絶滅した。
 その後、地球の大陸は砂漠化されたまま現代に至っている。
 
  当時の地球人たちの生活については、我々は最近までほとんど無知であったが、今回の探検隊が発見した遺跡から、筆者の日記が全くのでたらめではなく、当時の地球の状況をかなり正確に反映しているらしいことが分かった。
  当時、地球人たちの文明は確かに進んでいた。しかし彼等が何故滅亡したのかを知るには、さらに今後の研究成果が期待される。

  最近ラムダ国の先験隊が育ててきた多数の動植物が漸く地球上に根付き始めた。しかしオメガ国では、我々よりも先に行動を開始し地球開発計画を現実的なものとするべくさらに努力している。わが国も彼等に遅れをとることがないよう、出来るだけ早く大規模な地球開発を推進しなければならない。
 
 [ラムダ・アース国 広報部] 

 完










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