ジョージ北峰の日記
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2010年05月06日(木) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
当時私は若かったのですが、彼の生命の起源に関する大胆な仮説に驚き「C博士のような偉大な科学者が、なんと荒唐無稽な話をされるのか」と、彼を疑ったことがありました。 しかし、C博士が打ち立てた分子生物学に関する理論は驚くほど正確で、彼の予測はことごとく実験的に証明されていたのです。ただ「遺伝子が宇宙から来た」と言う荒唐無稽な話しだけは信用する気にはなれませんでした。しかし「本当かも?」という気持ちも勿論ありました。 しかし私がラムダ国で実際に経験したことは、C博士の仮説と一致しているように思えたのです。つまり異次元の世界で老博士は地球上の遺伝子を採取し、次々新しい種の動物や人間を実際に創造していたのです。 そして、パトラや私を含めてラムダ国人を地球上に送り込み、地球の改造をすでに試みていたのです。それはやはり、地球へ遺伝子が送り込まれていると言う仮説に一致していたのです。 今回私には特別な任務が与えられた訳ではありませんでした。 一方パトラは、村で小さな原始共同体を作ることを目指していました。彼女には、お金(資金)は必要ありませんでした(彼女はお金の価値を知らなかったのですから)。 彼女は皆に自分で「無から何かを作り出す」喜びを教えようとしていました。しかし老人達は「私等の若い頃も、まさにこんな社会だった」と彼女の考えを簡単に受け入れたのです。 彼女が来てから村に活力が戻ってきたのです。廃村寸前の村に漁業、林業、農業を蘇らせようと彼女は積極的に働き始めたからです。ある時は船に、ある時は山に、ある時は畑に---。 想像してみてください、クレオパトラが昔から伝わる日本の野良着姿で働く様子を!彼女は「働きやすい」と日本の野良着をとても気に入っていたのです。 私でさえ焼餅を焼きたくなるほど彼女 の働く姿は、魅力的でした。 パトラは私と2人になると「この村には本当に有能な人達が住んでいるのね---」と喜びを隠しませんでした、私が「?」疑問を呈しましても、にっこり頷くだけでした。パトラが、私の故郷へ移り住んでから、若者達も帰郷、村の復興に取り組み始めたのです。 運も良かったのです。当時国の景気が悪く都会では有能な若者が力を発揮出来ずに溢れていました。彼等の中には大学で工学、農・水産学を学んだ学士や若い博士達迄含まれていたのです。そしてパトラのもとへ集まった彼等が国造りに力を発揮し始めたのです。 仕事が終わると、皆が集まって活発な議論をしたり、自分達の作った作物を使ってパーティーを開いたり盛り上がることもありました。 仕事の成果があがるにつれ、パトラに憧れた若い女性も集まってくるのでした。 若い人達の中には腕自慢がいて、パトラに挑戦するのですが、実践で鍛えた彼女の力にはとても太刀打ちできませんでした。 中にはパトラを、一度抱きしめたいと思う不埒な若者も居ましたが、彼等もまたパトラを押さえ込もうとした瞬間に宙へ飛ばされているのでした。 「パトラは、一体何処から来た人なのだろう?何故あんなに強いのだろう。」 誰から見てもパトラは憧れの的だったのです。 やがて皆がお互いに協力して、豊かなやりがいのある社会を築き始めました。 しかし良いことは長く続きませんでした。パトラと私が地球に戻って来た時に見た、あの戦闘機が絡む戦争が悪化の方向を辿り始めたのです。 驚いたことに戦闘機が攻撃を加えた場所に原子力兵器の秘密地下格納施設があり、それが大爆発したのでした。 両国の指導者の中にも核爆発に巻き込まれ、亡くなる人が続出、両国の指導体制が機能麻痺をきたしたのです。 さらに続く混乱の中で、軍部が暴走、周囲の国を巻き込んだ核戦争に発展する危険性が高まってきたのです。両国の首都は廃墟と化したのですが、核爆発の影響はそれだけではありませんでした。多数の死者、難民が国境を越えてどっと周囲の国へあふれ、また放射能汚染は、世界中に広がる気配を示し始めたのです。国境警備隊も放射能汚染を避けるため、国境から撤収せざるを得ませんでした。 日本の広島・長崎の経験を踏まえて、これまで世界中の科学者、哲学者が核兵器の危険性を指摘し核兵器の廃絶を世界の指導者に向けて絶えず勧告してきました。しかし国益優先を叫ぶ多くの人間の主張を封じ込めることが出来なかったのです。 “決して使うことがない”という暗黙の了解の下で核兵器を保有する国が増加の一途を辿っていたのです。 今回、いわゆるテロリストが隠し持っていた秘密核兵器の格納施設が偶然攻撃され、世界中が大パニックに陥ったのです。 「我々は、冷静にこの事態に対処しなければなりません。今となっては、戦争の当時者だけを非難しても何の解決にもなりません。今回の事態には、我々も重大な責任があったと深く反省しましょう。そしてまず世界で憎悪の悪循環を断ち、知恵のある者が、意見を出し合い、解決に向けて迅速に行動しましょう。」 国連総会でA国の大統領が必死の演説をしました。 ある夜、パトラは緊張した面持ちで「戦争は、ラムダ国にとっても放置できない事態になっています。猶予はありません。地球上には、まだまだ保存すべき有用な遺伝子が多くあるのです。今回の事態を私は予想していませんでした。今となっては遺伝子の収集を急ぐ必要があります。私は、A国の大統領、そしてW市に集合した指導者に、事態の解決を急ぐよう、出来れば遺伝子収集事業を早急に立ち上げるようお願いに行かなければなりません」 「それは大変な仕事だと思うが、パトラ一人だけで大丈夫なの?」私が驚いて問い返しますと、 「W市に行けば私の知人も大勢いますから大丈夫です」 「私はどうすればよいのです」 「この村で、皆と一緒になってこれまで通り事業を推し進めてください。私は必ず帰ってきますから」 「私は行かなくても良いのですか?」 「あなたには、この村の事業を守ってほしいのです。私は今、何時帰るとは断言できません。しかし必ず---」 「帰ってくるのだね!」しかし、それには答えず彼女は続けて「私がいなくても、気を落とさず、皆の気持ちを盛り上げて下さい。近い内に日本の上空に必ずオーロラが出るでしょう。その時私は戻ってきます---」 「日本の上空にオーロラ?が、そんな---!」と驚いた口調で、言い返しますと、彼女は、何も言わずに私の顔をじっと見つめるだけでした。 確かに自体は緊迫していました。今すぐ地球全体が壊滅するとは考えられません。しかし大量の生物の遺伝子が破壊され消滅してしまう可能性が大でした。 パトラは私が納得しないまま、出発すると言うのです。 「無理だよ!」私が思わず、彼女を抱き寄せますと、パトラの目から大粒の涙が溢れてくるのでした。 私には最早パトラを困らせることは出来ませんでした。 彼女は「今度帰ってきたら、あなたの子供を必ず創ります」と、母のような表情を見せたのです。それはこれまで見たことがない優しい表情でした。 彼女の言葉に、鉄球をぶっつけられたような衝撃を受けるのでした。 パトラは、今命がけで地球の生物の命運をかけて働くと言う。 “此処で私もくじける訳にはいかない!” パトラの為、いや地球の為! そして最後には「パトラ、君は、私にとっては本当に偉大すぎる---。今回も思う存分働いてくれたらいい。私は、今まで何も君を助けることは出来なかった。しかし、今私が我慢する事が君を助けると言うなら、私は我慢もする。しかしたとえどんなに遠く離れていても私は何時も君と一緒のつもりだから、この気持ちだけは忘れないで欲しい」と納得するのでした。 パトラは「ありがとう」と言うと、私を強く抱きしめるのでした。
36 世界は少しずつ、平静さを取り戻していました。 日本では、梅雨時を迎えて連日雨が降り続いていました。私は放射能で汚染された雨が降りはしないかと恐れていました。世界のどの部位が特に汚染が強いのかについて情報を得ることが、遺伝子を扱う者には特に重要なのです。 世界中で、核爆発後の悲惨な状態が報道されていましたが、とりわけショックだったのは、秘境といわれる密林の破壊や動植物の被害、さらに何の罪もない渡り鳥や、回遊する汚染魚などがニュースとして報道された時でした。場合によっては彼らを地球規模で処分する必要があるとさえ議論され始めたのです。 「人間の無謀な行為で、彼等も生死の瀬戸際に立たされているのに、さらに処分を考えるのか?」私は人間の身勝手さにやり場のない怒りを覚えるのでした。
しかし日本では、放射能雨は現在のところ観察されていないと報道されていましたが、何時まで安全なのかについての予測はほとんど不可能な状況でした。 国全体が大揺れに揺れていました。食料の買占めや、都会から田舎への疎開などあわただしい人々の移動、それだけにとどまらず世界中の指導層に対する批判が新聞・テレビを賑わしていました。 世界が直面した危機的な問題は、この戦争が、国と国との戦いではないことでした。一つの宗教又はイデオロギーで結ばれた集団が国境を越えて世界中に広がっていたのです。世界経済のグローバル化に伴う不均衡な富の分配が国家間、人種間あるいは人々の間に大きな問題を投げかけていたのです。テロリストはその歪の中から世界的規模で生まれていたのです。日本も、その流れに巻き込まれつつありました。しかし日本のような先進国における格差問題は、国家間や民族間の格差問題に比べれば、まだ小さな問題でした。
国家間、民族間に生じた格差問題は核エネルギーのように巨大エネルギーに変わりつつあったのです。 しかし世界のリーダーは、どれほど格差の解消に力を入れてきたのでしょうか。国連も、極論すれば先進国の利害の調整機関としての役割しか果たしていなかったのです。 世界中で同時進行する格差問題の是正こそ国連の最優先課題だったはずなのです。 国と国、民族と民族の間に生じた富の不均衡による反発エネルギーは、半端ではありませんでした。 反逆者はテロリストと呼ばれていましたが、彼等にも多くの人々から支持される大義がありました。無論先進国側にも大義はありましたが、むしろそれは危ういと言ったほうが正しかったかも知れません。先進国の人々も、何かしら一抹の後ろめたさ感じていたのです。 「自分達だけが豊かさを謳歌していてよいのか?今の先進国は、昔の王や貴族達と同じではないのか?知らぬ間に特権階級になっているのではないか?民主主義といってもギリシャの都市国家と同じではないのか? 一握りの人間が際限なく豊かになってよいのか?人々には絶えずそんな疑問を抱いていたのです。 私達の立場からすれば、今回は地球上の遺伝子(いのち)の命運を掛ける戦争になろうとしていました。 私は、有用な遺伝子を可能な限り急いで回収・保存しようと必死になっていました。遺伝子さえ保存出来れば、地球が破壊された後も何時か再び彼等を生命体として甦らせることが出来るのです。 雨にぬれる木々の緑は鮮やかで、垂れ込める雲を飲み込まんばかりに厚く茂っていました。降り続く雨に小川の水量が増していました。川辺に咲く赤い草花に白い蝶が疲れたように休んでいました。時々稲妻が光り、雷鳴がとどろいていました。連日の作業で、私も仲間も疲れきっていました。
その日は、雷雨が強く仕事にならないと、皆が家に戻った時です。 と、又しても大変なニュースが舞い込んでいました! 今度は宇宙空間で何か大きな爆発があった。詳細は不明だが、核爆発の可能性があり“外出を控えるように”と繰り返し報道されていたのです。母が驚き慌てていました。妹が父と漁船に乗り組んでいたらしいのです。今日に限って妹が母に代わって出掛けたと言うのでした。 37
徐々に進行する地球破滅のシナリオを書き換えることはほとんど不可能な状況に陥っていました。 先進国に対し反逆を続ける所謂“テロリスト”を力だけで抑えこむことには無理があったのです。今回は、国家間にまたがる姿の見えない敵との戦いを覚悟しなければなりませんでした。仮にあるグループを押さえ込むことに成功したとしても、他の国で別のグループが蜂起する。戦争はモグラたたきの様相を呈し始めていたのです。 大国の安全を保障するはずの科学も、科学技術の進歩に伴って“テロリスト”の力を強大化する原動力になっていたのです。 つまり彼等のネットワークは国を超え張り巡らされていました。情報戦でさえ、大国に有利という状況ではなく、小さなテロリストグループの本部でさえ大国の司令本部と変わらない情報収集や発信能力を獲得していたのです。 そんな状況下で、先進国がテロリストを攻撃すると、必然的に無差別攻撃になり、結果的に民間人に甚大な被害を与えることになったのです。そしてテロリストを支持する人々の数をさらに増大させる悪循環に陥っていたのです。 先進国にとって必要なこと、それはやはり、何が“善”で、何が“悪”か、を誰もが納得できる形で明らかにすること。そして悪を支持するグループを社会から孤立させることが、最も重要なことだったのです。 このプロセスを踏まないまま、軍事力を一方的に行使してしまったことが、今回の事態を招く結果になったのです。 歴史を振かえってみても、強大な国家の崩壊は、支配層の利権と軍事力が結びつき、正義を失ったまま支配層が思い上がり、被支配層に理不尽な圧迫を加えた時に起ったのです。それは、支配層のモラルの低下と軍の士気の低下を引き起こしたからでした。 それが “勝者必衰の論理”だったのです。 本来科学が進歩すれば、人類の英知が増し、この問題は理性的に解決できるはずだったのです。しかし、結局科学はこれまで人類に何の英知ももたらして来なかったのでしょうか---。 テレビで世界の危機状態についてニュースが刻々と入っていました。 しかし、事態は予期しない方向に展開し始めたのです。これまで全く世界的には注目されなかったZ国が、国際社会の援助が保障されるなら、難民を受け入れる用意があると表明したのです。 国連総会でZ国の大統領が「文明国の豊かさは、豊かであるがゆえに難民を救うことが出来ないのです。私達の国は豊かではありません。しかしだからこそ、私達は難民を受け入れることが可能なのです。私達は難民の人々と一緒になって国起こしが出来ると考えるのです」と演説したのです。しかも加えて「唯一の被爆国、日本は戦後、経済的にどん底を経験していましたが、それがバネになって立ち上がりました。ただわが国の現在の経済状態では、自力で難民を救済できるほど余裕はありません。しかし世界各国が協力を約束してくれるなら、難民を受け入れる用意はあります」と表明したのです。 勿論、議場は沸きあがりました。多くの拍手もありましたが、一方彼の提案には反論もありました。「危機に乗じて、金儲けを企んでいるのではないか」と声高に主張する国さえありました。 しかしこれまで経験したこともない世界規模の危機に、Z国の提案は、各国にとってやはり渡りに船でした。先進国が概ね歓迎の意を表明したのです。 いち早くA国大統領は、Z国首相の提案を“勇気ある決断”と絶賛し、A国も最大の協力を惜しまないと約束しました。 一方、食糧難に備えて各国とも新しい対策を考え始めました。日本では首都移転さえも議論の俎上(そじょう)に上り始めたのです。 情報化がますます深まる中、人口の一極集中は危険極まりなく、重要施設の一極集中化はさらに危険、国の存続には重要施設の地方分散は避けて通れないと判断されたからです。現代の戦争では、人と人との戦いではなく、隠れ司令室(例えば衛星からでもよい)のボタンを押すだけで相手国を攻撃することが出来る。今回の戦争はそれを明確に暗示していたのです。 つまり進化し小型化された核兵器が、地雷のように世界中に配置されることも可能で---、もしそんなことが万が一にでも首都にあれば、それこそボタン操作ひとつで国家機能を麻痺させることが出来る。 そんな危険な時代に、重要施設を一極に集中していることは、あまりに無防備ではないか---など、その危険性について議論が沸騰していたのです。
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