ジョージ北峰の日記
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2010年04月19日(月) オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム

 パトラは先程から砂浜に倒れたまま、動こうともしません。
強い陸風が絶え間なく吹き、あたりの木々が激しく揺れる。そして砂浜では打ち寄せる波と風が互いに逆らい、衝突しあい、黒い水飛沫(みずしぶき)を吹き上げていました。
それはあたかも二人の激しい戦いを象徴しているかのような光景でした。
「倒されたのか?」私が心配そうにベンを見ますが、彼は微動だにしません。
やがて相手の女王が焦(じ)れたのか、先に動きました。
その瞬間私は「そうか!」と思い当たる節がありました。
相手が剣を振り上げ、今にもパトラの止めを刺そうとした瞬間でした。
倒れたはずのパトラの剣が一閃しました。2本の剣から、火花が飛び散りました。
“と!”仕掛けた相手の女王がもんどりうって倒れていくのが見えました。
そして彼女の手からはなれた剣が宙を舞ってスローモーション映画を見るように、ゆっくり海中へ落ちて行くのが見えました。
しばらく静寂が続きました。
やがてパトラが立ち上がったのです。
「ツバメ返し」私は思わず呟(つぶや)いていました。相手の動きを誘って---パトラは勝つ瞬間を待っていたのでした。

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何故か、涙が溢れてきました。
私の涙は、パトラが勝ったという喜びからだけではなかったかも知れません。命をかけ、国の名誉をかけ正々堂々と渡り合った二人の女王に対する尊敬と敬意の感動からだったかもしれません。
一方ベンは私の方に振り返ると、満面の笑を浮かべ腕を空に突き上げ、大声で何かを叫びました。そんなすさまじいベンの喜び方をこれまで私は見たことがありませんでした。
ラムダ国の戦士たちも呼応して一斉に腕を突き上げ嵐のような歓声を上げるのでした。それは島全体にこだまする程大きく響くのでした。
 女王の勝負が決まった瞬間から青い光を放っていた海上のUFOが音もなく上昇、海面を去り始めました。するとそれ迄、遥か彼方で星が形成していたチューブ状の構造物が螺旋を描きながら、まるでヘビの様に降下してきたのです。そして海上から上昇して来るUFOを、掃除機がまるで塵を吸い込むかの様に、音もなくどんどん吸い上げていくのです。
 お気付きのこととは思いますが、天上の星は本来太陽を凌ぐほど巨大で、常識的に考えればそれが集まってチューブを形成することなど想像さえ出来ないと思います。
しかしその時、私はその光景が不思議な出来事とは思わなかったのです。ただ呆然として成り行きを眺めているだけでした。
他方地上では、ラムダ国の戦士たちが体全体で喜びを表しながら、続々とパトラの周囲に集まり始めていました。
 ベンは満面の笑みを浮かべ、無言のまま身振りで私に「行こう」と誘いました。
墨絵のような山々を背景に赤い光を放つ甲冑で身を固めた戦士達が喜び勇んで集まって来る有様は壮観でした。
パトラは倒れた相手の女王の前に跪(ひざまず)いたままでした。あたかも祈りを捧げているようでした。
 ベンが左手を挙げて戦士たちに合図を送りますと戦士たちは一斉にパトラを取り囲むように跪き(ひざまずき)ました。
やがて星雲の壮大な運動の最中を通り抜け、銀色に輝くUFOが音もなく海面に着水してきました。扉が開くと、ローマ帝国時代を思わせる白いローブを身に着けた数人の白髪の元老達が降り立ちました。
 そしてパトラの跪(ひざまず)いている方向に向かって粛粛と歩み始めました。
驚いたことは、近づいてきた元老達の中心に、あの老博士がいたことでした。私が老人に初めて会った時から何となく想像していたのですが、彼がやはり元老達の中心人物だったのです。
後ろからきらびやかな甲冑を身に着けた戦士たちが、厳かな意匠を凝らした金の椅子や祭壇、そして金で縁取られた大きな衣装箱などをUFOから運び出してきました。そして瞬く間に祭壇を築くのでした。
それから老博士が手を挙げますと、ベンは無表情なまま、数名の将軍たちに合図を送り、彼等と祭壇に向かって歩き始めました。私はどうしたらよいか分からず、困惑していますと、老博士が私にも来るように合図するではありませんか。それは私が予想もしていない出来事でした。
しかし、その時何故か老博士の気持ちが伝わってきたのです。
勿論言葉を交わした訳ではありません。しかし彼の気持ちが私の胸に響いて来たのです。その時初めてわたしはテレパシーを交わしたのかもしれません。
倒れたオメガ国女王は、戦士達によって金の棺(ひつぎ)に丁重に納められ、UFOに運ばれて行きました。その間もパトラはじっと手を合わせたままでした。パトラは双子のような倒れた女王に自分の心を重ね合わせ悲しんでいたのかも知れません。
以前から時折みせるパトラの涙は、超人の中にも人間の心を持ち合わせている証(あかし)だったのかと、彼女の気持ちが少し理解できたように思えるのでした。
私はパトラが哀れで仕方がありませんでした。

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  祭壇の前に老博士が立ち、背後に白いローブを着た白髪の元老達がローマ法王の就任式のように整然と並んでいました。戦士達は、やっと立ち上がったパトラを中央に、ベンや将軍達の周囲に並び立ちました。
そして---一層驚いたのですが、ベンが振り向いて、後にいた私にパトラの横に立つように指示するのです。
 私が躊躇って(ためらって)いますと、老博士が私のほうに振り向き「そうだ」という風に頷きました。周囲の将軍達をも、特に異を唱える様子はありませんでした。

漸く東の空が赤く変わり金色の光が雲間にキラキラ輝き始めました。
厳かな儀式が始まりました。その中心に、私も居たのです。
状況が把握出来ませんでしたが、私は晴れがましい役回りを演ずる立場にあるようでした。
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 話を先に進めましょう、オメガ国との戦争に勝利したラムダ国は、国造りの新しい段階に入ることになりました。私が、この国に来た時は、パトラを中心とした王制でした。そして背景には老博士を中心とした国造りの仕掛け人がラムダ国、オメガ国の進む方向を監視していたのでした。しかしラムダ国の指導者達と国造りの指導者達との会議で、議長役の老博士は、これまで国造りに関わってきた指導部が戦後のラムダ国の体制造りに干渉することはないと明言しました。
しかし今後、地球人と一緒になって、これまでとは違った、新たな地球創生に向けて努力するべきだと言うのでした。
“いずれ訪れる大氷河期の到来によって地球の生物は大部分絶滅するだろう。しかし、現存している生物の中から将来の生命の創生に必要と考えられる遺伝子を保存することが肝要だ。その為すでにラムダ国、オメガ国のエージェントは地球に侵入、活動を開始している。しかし今後、彼らと一緒になって活動の範囲をさらに速める必要がある。” 
「地球人に悟られることはないのですか」私が訪ねますと、博士は「我々はUFOを使っているから普通の地球人が、気付くことはない」と当然のように、あっさりと答えるのでした。続けて「すでに異次元の存在について研究している地球人もいるらしいが—それはそれで良いのだ」
「私もこの国で中心的な働きが出来るでしょうか?」尋ねますと「ドクターはすでにラムダ国の人々と問題なく生活をしている。それは多くの地球人に欠けている能力で、我々がもっとも必要としていたドクターの能力でもあるのだ。パトラはドクターの潜在能力を知って、この国へ連れてきたのだから」
「で、私は日本へは帰れないのでしょうか?」
親や、兄弟、友人たちのことを最近では頻繁に思い出すようになっていました。
例えこの国で、自分が地球の大災害を免れることが出来たとしても、幸せとは思えない。仮に死ぬことがあったとしても、出来れば私を産み、育ててくれた親や兄弟の下へ帰りたい、と話しますと「そのことについて問題はない、近い将来ドクターは自国へ帰ってもらうことになる。しかしパトラは君を愛しているようだが--」
そうだった。私もパトラを尊敬し、それが愛に変わっていました。パトラと別れることは出来そうにありませんでした。私は考え込んでしまいました。すると老博士は少し笑みを浮かべ「君が望むならパトラと一緒に国へ帰ってもいいのだよ」
「本当ですか!」さらに、
「しかしこの国はどうなるのでしょう。パトラはこの国の女王なのです。女王が私と一緒にこの国を去るようなことがあれば困るのではないのですか?」
それについて老博士は正面から答えようとはせずに、「以前ドクターに、戦後はパトラを休ませてやりたいと言っていたのを覚えているかい?-- それが理由だよ。つまりラムダ国は独立すると言うことだ」
私は、驚いてパトラの方に振り向きますと、彼女も真顔で頷くのでした。  
私が女王パトラと故郷に帰れるとは---、アラビアンナイトの主人公になったような気分になるのでした。
すると博士は少し真面目な表情になって「ただし私達のことは、周囲には一切に話してはいけない。」
そして「この約束が守られなければ、ドクターにどんな不幸が降りかかるか分からない」と強い口調で念を押すのでした。
 ラムダ国の女王パトラと一緒に帰国できる!---“どんな約束だって守れない訳がありません” 私は「パトラと一緒なら、守れます」と弾んで答えていました。

 この国へ来てから、私の想像をはるかに超える人種改良、戦争、パトラとの結婚、それに異次元の世界の存在、---多くのことを一度に経験したこともあって、時間に対する見当識を失っていました。
しかし老博士の言葉で私の帰郷心は一挙に高まりました。
老博士は私の気持ちを見透かすように再度「この国で経験したことは、決して口外してはいけないよ」と念を押すのでした。
そしてUFOで帰郷できるよう指示してくれたのでした。
出発の前夜、大きなホールで別れの宴会が催されました。
私は豪華な王位の衣装を身に着けていました。私はパトラと一緒に一段と高い玉座に座っていました。
そしてアレクやベン、それにラムダ国の要人達も私を王として恭順の礼を示してくれるのでした。
パトラは女王として堂々と振舞い、銀の祝杯を挙げ一人一人からの祝福を受けるのです。勿論私も王になるのですから皆の祝杯を受けない訳はありません。

豪華な宮廷料理を召使達が運んでいました。舞台では、音楽に合わせて、男や女の踊り子達がダンスを披露していました。私がパトラは?と目を向けますと、パトラは時々流し目を返してくれるのです。
宴会は盛大で、アルコールに強いと思っていた私も「大丈夫か!」と不安を抱いたほどでした。宴の最初は「王」という気持ちが強かったのですが、アルコールが入るにつれ、踊りが佳境に近づくにつれ、そんな気持ちが徐々に薄れ、いつの間にか、あの“性の儀式”のことが意識の中心を占め始めたのです。
だが、いつものことですが意識が朦朧とし始めました。

私は随分酔っていましたので、実際のところは何が起こっていたのか記憶にありません。
ただはっきり覚えているのは「私よ」とパトラが囁いた時、私はふと意識が戻ったのです。
そしてパトラの弾むようなダイナミックな肉感が私の太腿に伝わってくるのが分かりました。パトラは「今夜は我慢しなくてもいいのよ」と囁くのでした。
この時ほど私は自分自身の手で、彼女を抱き締めたいと思ったことはありませんでした。やはり抱擁こそ、愛の表現として最も大切な行為だと再度認識したのでした。

 ところで、この国の拠るべき法体系、あるいは国体は一体何処にあるのでしょう?疑問に思われる方があるのではないでしょうか?
現代の文明国では、人々は「人権の平等」や「個人主義」という基本理念に基づき、愛情の自由、信仰の自由、言論の自由など様々な権利を享受することが出来ます。又資本主義、社会主義などの政治体制があります。 しかしラムダ国には、法規範とそれに基づく政治体制(王制とはいいますが)はなかったのです。しかし以前にも申しましたように、人々の間に争いはありませんでした。人々は、仕事に忠実、男女関係も極めて単純、好きな者同士が自由に愛し合うことが出来ました。恋愛に関わるトラブルは皆無でした。
それは、この国の子育てのシステムが私達の世界と全く異なっていたせいかも知れません。
いずれにしても、この国のあり方から考えると、私とパトラの“結婚”は異例のことだったのです。 
私とパトラが一緒になることで、私はこの国の国家体制を崩すことになりはしないかと心配する一方---今後老博士がこの国を如何しようとしているのかと不安が広がるのでした。
パトラが最初私をラムダ国へ誘った日、私のことを国にとって利用できる研究者の一人とししか考えていなかったのではないか?恐らくパトラは結婚とか男女の愛憎などは全く知らないと考えていました。
人が異性を愛する気持ちをパトラは理解できないだろうと思っていました。しかし最近では、それは間違いかもしれないと思うようになっていました。
つまり、パトラは私たちと同じ人間の遺伝子を共有している可能性が高いと考え始めたのです。

 宴会が終わって、私が部屋に戻りますと、暫くして、召使が「女王様がお呼びです」と迎えに来たのです。
パトラの寝室は、ベルサイユ宮殿にある豪華
な女王室のようで、スタンドの灯りがほんのり明るく、中央には圧倒されそうに大きなベッド、壁側には豪華な調度品が揃えてありました。海側はガラス張りの壁で、青色にライトアップされた珊瑚礁の合間を可憐な模様の熱帯魚が泳ぐ様子が幻のように見えるのでした。
パトラは胸元が広く開いた薄いベージュ色のドレスを着てソファーにゆったり横になっていました。
本当にクレオパトラが寛いで(くつろいで)いるように見えるのでした。
テーブルにはぶどう酒に似た珍しいお酒や果物、それに銀の杯や食器がおいてありました。静かな音楽が流れていました。
豪華な創りの寝室、そしてパトラの美しい姿に私は圧倒されました。
私は呆気にとられて一瞬立ちつくしたと思います。
私の姿に気付くと、パトラは立ち上がり、召使に下がるように命じ、そして私を深く抱き、両頬に軽く接吻すると、ベッドに誘ったのです。
私も衝動にかられ、彼女を抱き寄せますと、そのままベッドに倒れこみました。
 パトラのドレスが乱れました。海中からの薄青い光に浮かび上がる白い彼女の太腿(ふともも)が一瞬目に入ったのです。それがとても新鮮な印象で、私の欲情に火が点いたのです。

ベッドに倒れこみながらも、パトラは私の興奮が蘇っているのを確認したようでした。
さらにパトラは、下から私を見上げるような形に倒れてくれたのです!それは何時もと違った体位でした。
そうか!--彼女の気持ちが伝わって来たのです。
パトラは私のパートナーに相応(ふさわ)しい、女性になろうとしていたのです。
酔っていて思うように体をコントロール出来ないもどかしさを感じながらも、私は彼女の思いが嬉しく力一杯、抱き締めていました。
  暫(しばら)くして、私が「パトラ、あなたは女王様のままで良いのです」と言いますと、彼女は「私は、あなたの国の習慣を少しでも早く知りたいと思っているのです」と体を起こし、私を見つめながら 「これまで私はラムダ国の女王として振舞ってきましたが、これからは地球人としてあなたと新しい生活に入りたいのです。私が分からないことは何でも教えて欲しいのです」
 それから、パトラは「ラムダ国には、文書としての法律はないのです。この国の人々には、生きてゆく上で必要な決まり事はすべて遺伝子の中に刷り込まれているのです。あなたの住む世界でも人間以外の動物達は、法律に基づいて生活しているわけではないでしょう?彼等は遺伝子が命ずるが儘(まま)の生活様式を守っているのではないですか?それと同じなのです」と言葉を切り、愛おしそうに私の腰から大腿にかけて優しく愛撫する。そして私の興奮が冷めていないことを確認する。私が「あ!」と声を出しますと、パトラは笑顔を浮かべながら肉付きのよい脚を、まるで蛇の様に私の体に絡みつけてくるのです。その形のいい脚が青白い光に照らされるを見ると一層生々しく刺激的に思えるのでした。
  一方で、興ざめな話を続けるのでした。
 「しかしあなた方の国では、本来決められた遺伝子の機能をはるかに超えて、自分達の欲を増大させ、際限のない物質欲が地球上の生物の命を奪いつくしかねない状況になっているでしょう?老博士の話しによると、昔、人間にはほんの少し遺伝子の設計ミスがあったらしく、それで人は化け物のようにトランスフォーム(変異)し地球に大混乱をもたらすようになったらしいのです」
私はパトラの話に納得できる部分もありました。が、だからと言って、「私には、現代の人間社会をどうにか出来るとは思いませんが」と反論しますと、彼女は「しかし、今のままでは、いずれ人類は滅びてしまうのですよ」
私は少し催眠術にかかりそうな恐れを感じながら「もしそうなれば、それで良いではないですか?人間が自分でしたことですから、諦めもつくでしょう」少し苛立たしそうに言い返しますと、パトラは勢いに押されたのか黙ってしまいました。
私は酔いが醒めつつありました。会話の内容とは裏腹に、私はパトラがとても愛しくなり、気分が昂じて少し乱暴にパトラを抱き寄せ、愛撫し始めました。その間もパトラは呟くように「勿論人間を恐竜のように絶滅させるわけに--」と話しを続けていましたが、構わず、私がさらに熱をこめて愛撫を繰り返しますと、パトラが反応を示し始めたのです。
そして意味不明な言葉で「!!」と喘ぎ、さらに無意識のように「ドクター!」と囁き、抵抗なく身を任せたのでした。
私とパトラの関係が逆転した日でした。
私は疲れきって、そのまま眠りこんでしまったのです。


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