ジョージ北峰の日記
DiaryINDEX|past|will
2010年02月22日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
ラムダ国の海岸はあくまで静かで、白い砂浜が幾重にも重なり、海岸近くは珊瑚礁が豊かで明るい青緑色、遠くは濃紺に輝く海が続いているだけでした。穏やかな白い波がはるか彼方から次第に高さを増しながら寄せてくると砂浜を優しく愛撫するように洗う。それは熱帯にあるハワイの海岸を見ているような印象を受けるのでした。 「こんな静かな海で一体どんな戦争があると言うのか?」と疑いもありました。が、しかし一方この国の戦争がどんなものなのか好奇心がなかったと言えば嘘になるでしょう。 アレクは、エレベーターで二十階ほど地下にあるドーム場の広場に案内してくれました。 其処では、研究室で暮らしていた私には、想像もつかないほど、多くの人々が、右へ左へと目まぐるしく、しかも整然と一つの流れになって働いていました。少し離れた所から見ると、例えは悪いかもしれませんがアリの行進を見ているような印象を受けるのでした。 この国へ来てからこんなに多くの人々が慌しく活動している様を見たことがなかったのです。ただ「この国は今、戦争状態にある!」という実感が(私にも)ひしひしと伝わって来るのでした。 長方形のドームの両側には潜水艇が停泊するためのドックがあり、小型の潜水艇が、縦列で数隻停泊していました。そして数名ずつ戦士が乗り込むと、潜水艇は直ちにチューブ状のトンネルに向かって運河を移動していく、すると反対側から次の潜水艇がドックに入ってくる。そしてまたトンネルを通って出撃して行く。絶え間なくこんな光景が続いていました。一方反対側のトンネルでは、出撃していた潜水艇が帰還してくる。そして怪我した戦士達が運ばれてくると、救護班の戦士達がエレベーターでどこかへ搬送する。一方整備班戦士達は直ちに潜水艇の点検に入る。広場には多数の戦士達が出撃を控えて待機していましたが、彼らの働きを潤滑に進めるため、多数の人々が出撃戦士の準備を手助け、新しい武器を運び、又使えなくなった武器を搬出したりするなど、とても効率的に忙しく働いていました。 よく見ると働いている人々は、補給戦士、救護戦士、整備戦士に役割分担されているようでした。そして戦場に出て行く戦士は、出撃前というのに緊張する様子もなく整然と隊列を組んで静かに待機していました。 ところで、その時私が何を見て驚いたか?と言いますと---戦いに出撃していく戦士達がみな女性だと知った時でした。 さすがに私も絶句してしまいました。私の常識として、女性が戦場に出撃することは(よほどの例外を除けば)とても許さることには思えなかったのです。 私は、恐らく(医者の立場から考えて)人類にとって女性には“戦”以上に重要な役割、つまり“種の保存”と言う生物学的役割があると考えていたからでした。 この国では一体なんの為に“戦争”に女性が出撃するのか?---私には理解できませんでした。
それはともかく、この国の女性戦士は、皆オリンピック選手のように、広い肩幅、厚い胸、筋肉質な腕や太腿、いかにも逞しい体格をしていました。ただ、ヘルメットを装着している彼女達の横顔を見た時、私は驚きました。逞しい体型とは裏腹に、彼女達の顔に、まだあどけない天真爛漫な子供の面影を認めたのです。私は「あんな少女達に戦争なんて何故なのです?」と、咄嗟にアレクに叫んでいました。 しかし、彼女達に、戦場へ“今”出撃するという躊躇い(ためらい)や恐怖心があるようには見えませんでした。 それからアレクは私を司令室に案内してくれました。それほど大きな部屋ではありませんでした。そう、シネマコンプレックスの比較的小さな会場を連想していただければよいかと思います。 中央の壁には大型のスクリーンが設置され、戦闘の模様がまるで映画でも見ているかのようにまざまざと映しだされていました。左側には周辺の海底の地形と見方の戦士の配置図、右側には敵の軍勢の規模・戦士の動きが模式的に描かれた作戦用のスクリーンが設置されていました。味方の戦士から送られてくるメッセージは刻々と伝言板に書き込まれる。それを基に参謀達が、敵の動きや配置も参考にしながら、味方の戦士たちのとるべき行動、作戦を司令部に送る。司令官はその内容を判断し、オペレーターを介して逐一現場の戦士に命令を伝える。 この部屋から戦闘を見ていると、ゲームを見ているような錯覚に陥りましたが、画面に映し出されている状況は現実に起こってい戦いでした。正面の画面には、これまで私が見たこともない光景が次々と繰り広げられていました。戦士たちは敵も味方も大型のサメ(のように見えた)の背中に乗り、サメを操りながら(あやつりながら)戦っている。それはまるで飛行機による空戦を見ているような光景でもありました。 攻めてくる敵の隊列と、味方の隊列が一瞬バリカンのように重なり合ったかと思うと、数人の戦士たちが振り落とされる。と、一瞬のうちに敵、味方の戦士の槍や水中銃の餌食になる。 現実の戦闘の現場を見ていると、私は全身が熱くなり、感情の昂(たかぶり)ぶりを覚えるのでした。 水中での戦いはサメの能力に負うところが大のようで、お互いぶつかり合った瞬間、大きな衝撃を受けた方の戦士が振り落とされる。無論それだけの要因で勝負が決まる訳ではなく、戦士のサメを操る技量にも大きく依存しているようでした。 正面から衝突するかの様に接近、直前に体を左右にかわし、瞬間背後に回り敵を攻撃する。 水中では長い刀を振り回すことが不可能なので、槍の攻撃が中心なのだ。だから、敵が後ろに回ると攻撃を受ける側は命取りになる。しかし、腰の短剣を抜いて防御することも可能なようでした。 さて戦の方ですが、味方の戦果が逐一伝言板に報告されてくる。この戦は味方の勝利に終わりそうだと誰もが予測し始めた時でした。 オペレーターの一人が右のスクリーンを指さしながら「敵の別の一団が突進してきます」と叫んだのです。その叫び声が消えない間に、敵の姿はもう正面のスクリーン一杯に映し出されていました。それを見た瞬間、部屋にいた者は参謀、司令官も含め皆が凍りつく衝撃を受けたのです。 なんとまるで鯨のような大型のサメの一団が味方の防御網を簡単に破って突進してくる様子が映し出されたのです。 味方の戦士たちも勇敢に立ち向かって行きますが、ひとたまりもなく弾(はじ)き飛ばされる。そして弾き出された味方の戦士たちは、待ち伏せている敵の槍の餌食となって沈んで行く。 「このままでは味方は全滅だ!」 それは “屋島の合戦”を想起させるほど凄まじい光景でした。先程見た、まだあどけない少女の様な戦士達のことを思うと、あまりの戦いの凄惨(せいさん)さに、私は動転し心が凍りついてしまうのでした。 「援軍を出さなければ!」と思うのですが、しかしそれでも相手の突進を防ぎきれる保障は全くなかったのです。本当にどうするのか?戦争を知らない私には何もよい考えが浮かばないのでした。 こんな戦闘を、目の当たりにするのは、衝撃的で恐ろしいことでしたが、まだ私は若かったのでしょうか?あるいは少女たちの勇敢な戦闘シーンに触発されたのでしょうか?不思議なことに、恐怖心よりも闘争心が入道雲のように全身にむくむくと漲って(みなぎって)来るのでした。 一方戦士たちは相変わらず恐れ知らずで、仲間が倒れても、倒れても次々攻撃を仕掛けていくのです。こんな残酷なシーンを何もしないまま見続けることは私に耐えられそうもありませんでした。 しかしアレクは意外に落ち着いていました。 参謀たちは、戦況を分析していましたが、しばらくして司令官に作戦を変更するよう告げました。 格闘戦は不利と読んだのでしょう。 作戦が戦士達に伝わったのか、これまで攻撃していた味方の一団が、海底に向かって垂直に降下し始めたのです。すると敵の怪物ザメ(モンスターザメ)も、躊躇(ためらい)なく彼等を追尾し始めたのです。その時でした、サイドから味方が一斉にモンスターザメを取り囲み側面攻撃を開始したのです。この作戦は一時的に有効に作用したようでした。 モンスターザメと雖も(いえども)、垂直方向へ潜るときは、動きが少し鈍くなるのです。その時腹部から攻撃されると如何することもできないはずで、彼らを操る戦士を攻撃するには最適の方法と考えられたからです。しかし味方の一群が一斉攻撃をかけようとした時、それを予期していたかのように、またしても上方から敵の一群が攻撃をしかける---それからは敵・味方が入り乱れて一進一退の格闘戦が始まりました。 味方のサメには数本の白い縞模様が頭部と尾部にあり、それが目印となって、戦況、即ち敵・味方のどちらが追い、どちらが追われているのか良く判別できました。 敵に追われる味方、逆に敵を追う味方の戦士たちが三次元空間をフルに使って戦っている。いつの間にかモンスターザメの一群も隊形を立て直し傍若無人に振舞っている。 それにしても、実際の戦争の最中にサメが馬のように戦士の指示通り懸命に戦う姿は、戦況とは関係なく(おそらくサメであるが故と思うのですが)感動を呼び起こすのでした。 戦は、手に汗を握るほど緊迫した状況で、本当は美しい南国特有の紺碧の海だというのに、海は血で真っ赤に染まり白い珊瑚礁も熱帯魚の群も目に入らない凄まじい混戦状況が続いていました。 モンスターザメの出現があって、味方の戦士たちの奮戦にもかかわらず、味方には不利な状況が徐々に展開しつつあるのでした。 その時! 遠くで、すばやく泳ぐ一頭のサメを三頭のサメが追尾する様子が画面に飛び込んできたのです。 そのサメの動きは鮮やかで、後ろからの攻撃を反転、素早くかわしたかと思うと横からの敵を撃退、他の2頭の前後からの攻撃に対しては、さらに複雑に反転・上昇・攻撃を機敏に仕掛ける。見ている間に、三頭の敵を撃退、相手戦士が沈んでいく様子が見えました。まるで少年の頃によく見た映画で、戦闘機の格闘シーンを見ているような錯覚に陥ったほどでした。 その戦士が操るサメは決して大型ではありませんでしたが、敏速で複雑な動きができるようでした。 しかし横で戦況を見ていたアレクが突然「女王!」と叫びました。 なんと、味方の戦況が不利と判断したのか、パトラが戦線に加わっていたのです。 一瞬、私は驚きで全身が火のように熱くなるのを覚えました。 まさかこんな危険な場所に女王パトラまでが出撃していくとは! パトラの無謀さに私はあきれましたが、 一方、彼女の今回の行動ほど、女王としての責任感と強い意思を肌で感じたことはありませんでした。 しかし「何故この危険な戦場に、今この状況でパトラが出撃したのか?」 私にはこの国の王の果たす役割が分からなくなるのでした。 彼女の無謀さに、私はあきれていました。しかし一方、涙で周囲が霞んで見えるのでした。
パトラを心配したのかアレクは立ち上がっていました。 一方味方はパトラの参戦に勇気づけられたのか隊形の建て直しを図り始めていました。 数頭のサメがパトラと一緒に、モンスターザメの攻撃に加わろうとしていました。しかし先ほどの戦闘から、モンスターザメは皮膚が硬く、弾力があり、通常の槍の攻撃があまり有効でないとの報告が届き始めていました。 司令部では色々作戦が考えられましたが、結局モンスターザメの弱点は一箇所“眼”だけとの結論に達したようでした。 しかし相手の眼を攻撃するには、どうしても敵の攻撃範囲内に接近しなければなりません。その作戦はモンスターザメの想像以上の機敏な動きから判断すると危険極まりないことでした。 「どうするのか?」 司令部からの作戦が戦場に届いたのか、それまで闇雲に攻撃を仕掛けていたラムダ国戦士達が“パッ”とモンスターザメから離れ周囲に広がったのです。相手の動きが一瞬止まった僅かなラグタイムを見逃さずパトラが上から前方へ飛びだす。それに気付いたモンスターザメが、攻撃のため急な態勢を取ろうとする瞬間、パトラは上方へ反転、逆さ落としの態勢から、すれ違いざまに、矢のように敵の眼を槍で攻撃していました。 最初の一撃でモンスターザメの眼を見事に貫いていました。何時ものことながらパトラの反応は素早く正確でほれぼれするものでした。 私は思わず “やった!”と手を叩いていました。司令部の人達も思わず拍手を送っていました。 が、しかしこの方法にも勿論問題がありました。パトラは相手から槍を抜き取ることが出来なかったのです。 片目をやられたモンスターザメは、敵の思わぬ攻撃に驚いたのか、退却し始めましたが、一方モンスターザメ以外の敵戦士がまるで、蜜に群がる蟻のように彼女に対し攻撃をかけてきたのです。 勿論味方戦士もパトラの周囲に集結、必死に防戦している。パトラの死は、ラムダ国の敗戦を意味したからです。 パトラも素早く短剣を引き抜き、自ら防御する一方、味方を立て直し、戦況を攻勢に転じようとしていました。 と、それまで戦況を見守っていたアレクが「私が出撃します!」と司令に告げたのです。 心配そうにしている私に気付いたのか、アレクは「大丈夫! パトラの部隊はサメではなく、われわれが新たに開発したシャチ部隊だ。シャチの動きはサメより数段優れている。今回は予想以上の働きだ。サメはシャチを恐れている上、パトラは戦いを熟知しているから決してやられることはない!それに此方もモンスタ−ザメの攻撃用に槍を多く準備すればよい」と断言するのでした。 なるほど、パトラの動きは機敏で、彼女が参戦してからは、味方戦士の士気も上り、秩序だった戦いが出来る様になっていました。 それにしても自信に満ち、堂々としているアレクの姿が今日ほど頼もしく思えたことはありませんでした。「アレクなら状況を好転してくれる---」と、不安の中にも明るい見通しが立ったからです。 アレクの率いる部隊は、シャチ部隊でした。この部隊は五十頭あまりの小部隊でしたが、その働きは目覚しく、三頭が一体になって戦う新しい隊形は想像していた以上に有効となり、敵の陣形が崩れ始めました。 パトラを始めラムダ軍部隊は苦戦していましたが、アレクの部隊が敵を蹴散らし、一直線にパトラのほうへ向かって進み始めますと、それまで戦っていた敵は、まるで潮が引くよう退却して行くのでした。 14 若く可憐な少女達が“生死を賭け”戦場で恐れることなく戦う姿、そればかりか敢えて危険な場所に出撃して行った“女王パトラ”、まるで“散歩”にでも出掛けるように出撃して行ったアレク。彼等の行動は私の心を強く揺さぶりましたが、一方「何故この国は戦う必要があるのか?」それに「命が保証されない戦場へ如何して女王パトラまでが出撃していくのか?」 私には理由(わけ)の分からないことばかりでした。そればかりではありませんでした。 この国のように遺伝子工学が実際に人間や動物世界の改造に応用され、人造人間や人造動物が現場に送り出されるとしたら、これから先、地球に一体何が起こるのだろう? 今日の遺伝子工学で造られた動物達の戦(いくさ)を見て、考えさせられたのでした。 彼等の遺伝子組み換え研究が、長い時間をかけ創造された生態系のバランスを崩し、最終的には地球の生態系を破壊し尽くすのではないかという危惧さえ抱き始めたのです。 何億年もの昔、地球上を自由に闊歩していた恐竜達が、何故滅びていったのか?いろいろ学説がありました。 遺伝子には寿命があり、ある期限を過ぎれば退化が始まる。言い換えれば遺伝子そのものの性質(限界)ゆえに滅びていった。 或いは何らかの原因、例えば地球環境が生物の適応能力を超えるほどドラスチックに変化した(惑星の衝突説)結果、絶滅した。 或いは又、何かが原因である種の生物が絶滅した結果、それが生態系のヒエラルキーに打撃を与えドミノ倒し的に生物界全体が絶滅した、などを挙げることが出来るでしょう。 しかし恐竜絶滅の本当の理由はなお不明なのです。ただ恐竜たちが、生存の場としてきた地球環境に適応出来なくなったことだけは確かですが---。
しかし、ラムダ国が精力的に遺伝子工学を使って動物進化を、人為的に進めているのを知って、私は恐竜時代以前にも、ラムダ国のような国が存在し、生物の進化を自己目的の為に利用しようとしたのではないのか?その結果が恐竜時代の幕開けで、それが当時の地球上に栄えた生態系の連鎖を破壊、恐竜のみならず当時の生態系全体を絶滅させたのではないか? 私が北極圏に興味を抱いた動機は、氷河に閉じ込められた恐竜時代の遺伝的痕跡を探し出し、そして一度死んだと考えられていた恐竜時代の微生物の遺伝子を復活させること、そして恐竜絶滅の秘密を探ることでした。 私が分離に成功したウイルスは恐竜時代のウイルスだったのかも知れません。 ラムダ国の指導者は、私の分離した遺伝子(一度は絶滅した遺伝子)の重要性を知り、さらに利用価値の高い動物の創生に利用することを考えたのかもしれません。私は、この国が遺伝子工学を使って生物進化を進める理由をどうしても知りたくなりました。 高い科学知識に基づく高い技術水準、一方では、昔ながらの原始的とも言える肉弾戦争---私にはこの国の存在形態そのものがどうしても理解できなかったのです。 背後に何かとてつもない巨大な組織があるように思えるのでした。
|