ジョージ北峰の日記
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2010年03月03日(水) オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム

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ラムダ国は地下都市だったのですが、山の一角を利用した部分は、一見地上に聳え立つビルのようで、山の斜面には採光窓、外部が一望できる会議室、それにライブラリーやバーまでもが設けられていました。勿論、外からそのような地下建築物が存在すことは分かりませんでしたが---。
 戦が激しさを増すに連れ、軍部、政治指導部、科学技術部とそれに関連する各部署から代表が招集され、戦争状況の分析と対応策について話し合いが連日もたれていました。私が戦争の状況を視察したその夜、会議に参加するよう要請を受けました。
 展望会議室からは、海岸線が一望出来ました。
 音も無く不気味に揺れ動く黒い椰子の木々、ほのかに光る月明かりにわずかに白く反射する海岸線、それにアメーバの捕食膜の蠢き(うごめき)のような、何物をも容易に飲み込みそうな黒い波、その波間には亡くなった戦士達の亡霊が潜んでいるようで身震いするのでした。
しかし一方、煌々(こうこう)と輝く三日月や、宝石のように煌く(きらめく)星の世界は、何故か“少年の頃、愛読したギリシャ神話”への強いノスタルジアを感じさせるのでした。
会議では白熱した議論が展開されていました。
席上、戦況についての危機的状況が議論されていました。とりわけ相手国が今回開発した新兵器“モンスターザメ”について議論が集中していました。
 アレクは彼らと戦った感触から、ラムダ国が今回開発したシャチ部隊で対応できると答えましたが、しかし相手の数が問題だ、との見解を示したのです。「わが国のシャチ部隊はまだ実験段階で、少数部隊だ、こちらの対応能力を超える程の数の“モンスターザメ部隊”を相手国が投入してくれば、我々としても防ぎきれず敵の陸上部隊の侵入を許すことになるだろう」
するとパトラが引き継いで「現在この問題については、スパイ活動が展開されています、近いうちに正確な情報が入って来るでしょう。しかし陸上部隊の準備を早急に整えてなくては、手遅れになります」とベンの方へ向かって言う。するとベンは胸を張って「分かっています。モンスターザメから上陸してくる敵戦士は、楽な戦いをしているので疲労していない可能性があります。手強い相手と考えた方が良いでしょう。しかし我々の側の戦闘部隊も十分訓練を受けているので大丈夫だと思います」と冷静な口調で答えるのでした。
 すると、鷲のように鋭い眼光の白髪の参謀長が「いずれにしても科学技術部が“モンスターザメに対抗しうる生物兵器を開発することが急務だ」と思慮深い面持ちで、述べるのでした。「この件に関しては、当面はシャチ部隊の補強と訓練の強化が必要だが、さらにTドクターが分離した遺伝子を使った大型生物兵器の実用化が急務です」とパトラは私のほうに顔を向けました。
 「動物を使った遺伝子組み換え実験は、機械の組み立てのように簡単に進められる訳ではありません。生物が相手である以上、ある程度の時間が必要、受精だけでも大変ですが、受精に成功したとしても目的の遺伝子組み換え生物を発育、成長させるには相当の時間がかかるのです。良い結果を得るには数年、数十年のスパンで考えるのが常識です」
私がこの種の研究の難しさを訴えますと、発生学を担当している科学者は「その点についてはあなたが心配しなくて良い。遺伝子組み換え受精卵さえ準備してくれれば、あとの作業は私達が担当する」と強い口調で答えるのでした。
 この日、ラムダ国の動物改造システムについて、その目的の一部を知ることになりましたが、それは やはり“生態学の本来の目的”を逸脱した、許されない実験だと思うのでした。
ただ会議に出席して、私が不思議に思ったことは、アレクが危険な戦場から帰ってきたばかりだというのに、戦争の現状分析を、興奮した様子もなく、冷静に淡々と話すことでした。
勿論パトラも、何事もなかったように議事の進行を玉座から見守っていました。
 アレクやパトラのように生死を賭けた戦(いくさ)から帰ってきたばかりならば、通常、何らかの感情の昂ぶりがあってもよいと思うのですが---、彼らの示す冷静さが不思議でなりませんでした。
単に戦の視察に参加した私でさえ、まだ興奮冷めやらぬ状態が続いていたのです。
 会議の後、元老と話す機会がありました。 この点について「どのように考えているのですか」と、質し(ただし)ますと「あなたは戦争を知らない国から来た人だから無理もないと思う」がと苦笑しながら「この国では王も含め戦士は”戦う”ことが任務、とりわけ”将”は戦闘能力が卓越していると考えているので、戦うことが嫌ではないのです」
 「しかし、女王が戦死すれば、この国は如何なるのです?」と尋ねますと即座に「勿論この国は、属国に成り下がる」と肩をすくめて、静かではあるがしかし厳然とした口調で話すのでした。
 「・・・」
 退席途中、会話に加わったパトラは「しかし私は、ラムダ国が敗北すると考えたことがありません」と嗜める(たしなめる)様な口調で言うのでした。
 しかし私には疑問が残りました。
「この国は豊かで、生活に困窮しているわけではない。どうして戦争する必要があるのでしょう?」
「相手が攻めてくるからです」と簡単に答えるパトラ。
「話し合いで解決出来ないのですか?」と、元老は「それは無理だ。どちらの国がより優れているのか知りたいのだ」さらに続けて、彼は戦争の必然性について興味ある考え方を示したのです。
「生物は絶えず進化し続けなければ絶滅してしまう。生物は自然淘汰の原理で種の保存が決定されている。つまりどの種の生物が保存される資格があるか?は“遺伝子の変異と生存競争で選択淘汰”される。この原理のお蔭で、生物界はバランスの取れた生態系が守られているのだ。ただ現代の地球では人類が科学技術を利用するようになって、人類だけが異常に繁殖、生物界に君臨するようになった。ある種の生物は次々絶滅しているが、これは、正当な理由による絶滅ではなく人類が作り出した、「人為的、歪んだ絶滅」なのだ。一方生命の裾野に位置する微生物、殊にウイルス、細菌などの下等生物は、単純な遺伝構成と言うこともあって、人類の科学技術に影響を受けずに絶滅するどころか、むしろエネルギッシュに増殖・進化を続けている。つまり高等生物を取り巻く環境の中で微生物だけが活発に進化している。一方高等生物(植物も含めて)が進化するには時間がかかる。だから環境変化についていけなった高等生物は滅びていくのだ。現在多くの高等生物は人為的に引き起こされた急速な環境変化や、変異で強くなった微生物の出現に適応しきれず絶滅しつつある。これが私の最も危惧していることだ。
つまり人類は、他の生物種とのバランスを考えないまま自己の利益を守るためにのみ技術開発を追及してきた。そして他の有用な生物種を、意識してか無意識なのかわからないが滅ぼしてきた。結果、人類は最も繁栄する生物種になったが、これは進化の原理からは誤った繁栄と言える。とりわけ科学技術の誤用は、人類のみならず他の生物界の進化をも狂わせつつある。このまま事態が進めば、いずれ人類も自然淘汰のサイクルの波間に沈んでいくことになるだろう。(科学文明の進歩が皮肉にも人類の破滅を招くのだ)
 私達は、生物界を救う為には常套手段だけでは無理だと考えている。現状を打開し、生命の絶滅を防ぐ手立てはひとつ、それは生物界が進化する機構、つまりそのシステムとそれを動かすエンジンを健全に取り戻すことだ。
 自然との戦いで真に勝ち残るエネルギーを失った人類は、いずれ進化のエンジンを失い、絶滅する」と元老は確信的な口調で話すのでした。
 「人類は他の生物種と公正な競争(戦い)の末、勝ち残るシステムを守らなければなりません。それが人類の遺伝子を良質に維持する手段なのです」と、パトラも元老と似たような口調でつぎウインクして部屋を出て行きました。
 私は意外な話の展開に、驚きました。
なぜなら、今までこの国が遂行してきた人工的な動物進化の方向こそ、自然淘汰の理論を無視した方向だと考えていたからです。
 しかし、元老は数理進化論の大家でもありました。彼の予測によると、エゴに満ちた科学技術の進歩によって、人類は明らかに破滅の方向に向かっていると言うのでした。
一方ラムダ国では、少なくとも人類が犯してきた誤りを正す方向を模索しているらしいのでした。
最後に、老博士は「生態系の維持と生物の正しい進化の為には、正当な戦いは絶対に必要なのだ。ドクターは競争のない世界を想像できるかい?---出来ないだろう?ただ現在地球で起っている戦争は、生物界の進化の原理から外れていると言うことなのだ。それを我々は正そうと言うのだ」と付け足すのでした。

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 この国へ来てから、私は研究者として研究を遂行する立場にあったのですが、この国の技術者は、私がいなくても研究を継続する能力をすでに獲得していました。
最近では、私が研究に関わる時間は少なくなっていました。
一方 モンスターザメを使って海戦を有利にしたオメガ国の戦士がラムダ国に度々上陸するようになって、陸上戦が頻繁に起こり始めていました。ラムダ国は陸戦の準備をしなければなりませんでした。
 ある日、戦士の訓練所に立ち寄った時のこと、彼らに剣術の指南をすることになりました。
 私は少年の頃から剣道を習っていました。一時佐々木小次郎の”ツバメ返し”に興味があって、その習得に没頭したことがありました。
 ″ツバメ返し”は相手の攻めを誘い、相手が“決まった”と気を抜いた瞬間、返し剣で相手を攻撃する所に極意がありました。
それを習熟するには、剣を自在に繰る豪腕が必要でした。
 私がたまたま訓練に参加した日、私の“ツバメ返し”が面白いように決まりました。パトラもアレクもベンでさえ驚きを隠しませんでした。是非その技を教えて欲しいと言うのです。
 彼らの剣の使い方は” 突きと防御”が基本で”切り倒す”日本の剣を教えるのに少し時間をかかりましたが、彼らの運動神経は並外れていましたので、瞬く間にマスターしてしまいました。
 私は真剣で戦ったことがないので、技術は教えるが戦争には参加出来ないと言いますと、それで良いということでした。
 しかしパトラは不思議そうに、「あなたは戦争が誤っていると考えているようですね・・・あなた方の世界では戦争に爆弾、ミサイル、さらに原子力兵器などを使うので、公平な戦とは言えませんが、私達の世界では、人と人が自分の能力で戦い、優劣を決めるのです。戦いたくない人は戦士になる必要もありません。ただ戦士でありながら戦わなければ、この国の法で戦士の資格は剥奪されます。そして遺伝子も抹殺されます。彼等の遺伝子の増殖は、我々の能力の向上に障害となるからです」、続けて「自分の遺伝子を残したければ、この国では、能力をアピールする必要があります」「・・・」私が黙っていますと、ベンが「あなたは研究者としてだけではなく、戦士としても高い能力があると思います」と話をつぎました。
 ラムダ国では、戦争は"悪”ではありませんでした。彼らの話から判断すると良い遺伝子残すための手段だったのです。だから彼らは武器として個人の能力が試される槍や剣のような武器しか使わなかったのです。
彼らにも一理はあるように思いました。だが少し違和感も残りました。それは人類が一度犯した誤り、つまり優生学の復活を考えているように思えたからです。しかし人の優劣を個人の能力差で決める考え方、それはそれで正しいように思えるのでした。
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 地上戦が始まると、国は敗色が濃厚になる可能性がありました。しかし私が指導した”ツバメ返し”が意外にも有効な戦法となり、地上戦はラムダ国有利に展開し始めていました。それでも上陸してくる敵を可能な限り減らすことが重要でした。
 ラムダ国は海中戦で多くの戦士を失っていました。しかも海中戦が主力の少女戦士たちは生きて上陸することはほとんどありませんでした。
モンスターザメとの戦いで、サメから振り落とされた少女戦士が、上陸を潔(いさぎ)よしとせず戦死するケースが増加していたのです。
これは日本が太平洋戦争の初期にベテランの戦闘機搭乗員が戦い終わって帰艦した時、敵の攻撃を受けた味方の空母が沈没していたため着陸できず無駄な攻撃を敢行、散っていった経緯をふと思い出しました。一流の戦闘機搭乗員を育てることは容易なことではありません。日本は万難を排してでも彼らを助ける必要があったのです。彼らの緒戦の無駄死が後の日本の航空戦に重大な影響を及ぼしたことは疑う余地もありません。
ラムダ国も緒戦で有能な海中戦士を多数失っていました。
私は、直ちにパトラに海中戦士は万難を排しても救うべきだと進言しました。いろいろ議論が分かれましたが最終的に私の意見が採用されました(議論が分かれた理由は、この国の成り立ちが自然淘汰の理論に基礎があったことに関係していたのです)。
 陸上戦は夜間に行われるので、捜索隊は昼間に地下要塞から出て、海中戦から上陸した戦士の捜索に森に入ることになりました。
 森には、見たこともない椰子のような背の高い植物や蘇鉄のような刺々しい葉の植物が密に茂っていました。
巨木の下では木の香が高く、雑草も少なく、戦争でもなければ散策するのにうってつけの自然の小径がありました。日陰にはコケやシダ、僅かに太陽が差し込む所では真っ赤に開く大型の花が潅木を彩り、さながら南国の楽園に来た印象受けるのでした。
 その上火山で出来たラムダ国の生態系は非常に変わっていて、人を襲う動物や昆虫は存在しませんでした。
 湿度も低く温暖、この国は戦争さえなければ人々の生活は快適なはずでした。
こんな理想郷ともいえるラムダ国に戦争があることがとても残念に思えるのでした。
 
 ある日、私が山肌から突出した瘤(こぶ)のような岩の上に腰をかけていますと、突然、下の方角から人の争う声が聞こえてきたのです。
「 何?」 とその方向を見ますと、ラムダ国戦士と敵国戦士とが戦っているのです。しかもラムダ国戦士は少女のようでした。
昼間に海中戦の戦士がこんな所で戦う姿を見ることはありませんでした。恐らく敵国戦士がラムダ国の少女戦死を“ある目的の為”に強制連行して来たに違いありませんでした。
 相手は陸上戦戦士で、海中戦なら兎も角、その勝敗は決まったのも同然でした。少女戦士は海中戦用の短剣しか身につけていなかったのです。しかも敵戦士は陸上戦に備えて鎧・冑で身を固めていたのです。
彼が本気になれば一撃で少女を倒していたでしょう。しかし彼には別の意図があったのです。戦(あらそい)は縺(もつれ)ていました。男は、彼女の剣を取り上げようとしていたのです。(私は直ちに助けに行くべきだったのですが---)やがて体力に劣る少女に徐々に疲れが見え始め、最後に、敵戦士は彼女の剣を取り上げ、投げ倒したのです。
 失神したのか、彼女の動きが一瞬止まりました。
すかさず男が襲い掛かかりました。
息を吹き返した少女が再び抵抗を試みましたが、無駄でした。戦闘服は剥ぎ取られ、彼女の肌が露出したのです。
少女の肌はまぶしいほど白く輝いていました。
均整のとれた、可愛いさが漂う裸身が露わになったのです。敵戦士はおもむろに、彼女の腕を固めると、自らも器用に戦闘服を脱ぎました。
それから後の光景を私は見続けることが出来ませんでした。
 衣服を剥ぎ取られた少女は抵抗をやめ、彼を受け入れたようでした。
彼女は、これまで女性ばかりの集団で生活していた筈で陸上での男との戦闘訓練は受けていない筈でした。
私は、悔しさで胸が張り裂けそうになりました。
時間が経ち、ようやく太陽が西に傾き始めた頃、男はゆっくり立ち上がると戦闘服、冑、鎧で身を固め、ぐったりしている少女を他所(よそ)に帰ろうとしていました。
 西空に太陽が没しようとしていました。
雲や海の波が眩しく異様に赤く輝いていました。
 それは少女の痛ましい姿とはかけ離れた静かな自然の姿でした。
私は敵戦士に対する怒りが爆発しました。
(相手は歴戦の戦士、戦えば私は命を落とすことになるかもしれません。
私の抱いてきた夢や人生を放棄することになるかもしれません)
 しかし、私にはそんな恐怖心や理性は吹き飛んでいました。何時の時代でもよくある戦争の残酷なシーンが私の闘争心に火をつけたのです。
私は「待て!」と大声で叫んでいました。
男は一瞬驚いて振り返り、小さな相手と見下したのでしょうか、不敵な笑いを浮かべ、恐ろしい形相に変わると、一撃で倒そうと、切りかかってきました。
しかし、それは私が待っていた瞬間でした。男の剣を激しく受け止めると、目にも止まらぬ返し剣で彼の腕を切り落としていました。男は恐怖の表情を浮かべ、余程驚いたのか慌てて逃げていきました。
私は怒りの虫が収まりませんでした、が少女のことも心配でした。
 急いで少女の所へ戻ってみますと、彼女は強いショックの為か、死のうとしているではありませんか。私は彼女から剣を取り上げ「死ななくても良いのです」と抱きかかえました。すると少女は顔を背け(そむけ)、涙を見せるだけで何も答えませんでした。私の言葉が通じなかったのです。
彼女には私が敵なのか味方なのか分からなかったかも知れません。ただ私の行動から、私を味方と判断してくれたとは思いますが---。
この国へ来てから、彼女のような少女の姿を眼前で見たことがありませんでした。彼等が何処で生活しているのかさえ知る機会がありませんでした。
だから海戦に出撃して行く戦士が少女だと知った時は驚いたのでした。今助けようとしている戦士も、おそらく10代後半と思える少女でした。


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