ジョージ北峰の日記
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2006年02月02日(木) |
オーロラの伝説ー続き |
IX それから私の日誌は、長い空白が続いていました。 その間私は自分自身の奇妙奇天烈な経験を単に恐ろしい冒険物語として記録に残しておいてよいのかどうか随分迷っていたのです。しかし、大袈裟(おおげさ)かもしれませんが、人類の未来社会、いや地球の運命を定める上で、私の経験はきわめて重要な情報になるかもしれないと、さらに続ける決心をしました。 さて、これまで、私はラムダ国の風変わりな性習慣について紹介してきました。読者の皆さんは恐らく単に風変わりな習慣だと思われただけかも知れませんが、それだけではありませんでした。(実はこれは遺伝子工学を使った人間の進化を推進していく過程の第一歩にすぎなかったのです。この点については、何れもう少し詳しくお話するつもりですが--) それ以外でも、この国の風習、慣習に私は戸惑うことばかりでした。この国の人々生活の流れは家族単位ではなく、社会単位で整然と合理的に運営されているようでした(独身の私にとって、また一人の研究者としても極めて働きやすく、そのことに対し不満を述べることは贅沢かも知れませんが)。その上この国では、政争、権力争い、殺人事件、詐欺や裏切りといった、何時の時代でも人間社会がある限り普遍的に存在してきた人間の悪の行動原理、社会内にあって人間の争い、諍い(いさかい)、軋轢(あつれき)といった複雑で錯綜した、よく言えば刺激的と言えるかもしれない人間関係が全く存在しないのでした。 こんな文明の進んだ国で、なぜ私達の人間社会に見られるような、複雑で絡み合った政治や社会問題が発生しないのか?不思議で薄気味悪さえ感じるほどでした。 私にはパドラやアレク、ベン以外に、この国を背後で操っている人物が存在しているに違いないと思わずにはいられませんでした。 勿論、この国は王政ですべての権力がパドラに集中していましたが、彼女が実際に権力を行使する場面を見たことがなかったのです。その上この国のすべての人々が、自分の仕事を、不満を述べることもなく完璧にこなしていたのです。パドラの命令には絶対服従ではありましたが、だから言って、人々には彼女に反逆しなければならない複雑な理由もなかったのです。 この国の経済は“完全な分業システム”でした。しかし誰が彼らの仕事を決め、誰が経済を動かしているのか、さっぱり分かりませんでした。 少なくとも、個人の自由意志で彼等が職業を選択しているようには見えませんでした。又彼らの職業選択にパドラが関わっている様子もありませんでした。 誰が命令する訳でもないのに、人々は日々自分達の仕事を粛々とこなしていました。こんな単純な行動パターンは、私にとって、いずれは退屈きわまりない社会になる予感さえするのでした。 ある日、私が自分の研究室で実験していますと、ローマ帝国戦士のような鎧・兜に身を固めたアレクが、緊張した面持ちでで実験室に飛び込んできたのです。 「如何かしたのですか?」と尋ねますと。軽く頷いて「女王様があなたをお呼びなのです」と何時もと違った厳しい口調で答えました。 私は、一度この国の海岸でオメガ国の戦士に襲われた時、アレク達に救われたことがありましたが、あの日以来、こんな凛々(りり)しく緊張したアレクの姿を見たことはありませんでした。
パトラの話によりますと、ラムダ国とオメガ国は既に戦争状態で、両国間では、現在激しい消耗戦が繰り広げられている。(ただ私は、実際には何処で戦争が行われているのか実感がありませんでしたが) パトラはそれを“海中戦”と言うのでした。 その日、パドラは私に、戦士としての立場からではなく、ラムダ国の研究者の立場から、戦争の現況をよく把握し理解するように命令したのです。
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