ジョージ北峰の日記
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2005年12月04日(日) |
オーロラの伝説ー続き |
その夜、初めて私は、自分の腕でパトラを抱き寄せたので、感激していました。だが、あまり突然のことでもあり、それにパトラの意図が理解できないこともあって、私は金縛りにあったような状態で、それ以上どうすればよいのか分からないまま、静かな沈黙の時間が経過したように思います。パドラは、私から腕をゆっくり解き、立ち上がると「面白いものを、お見せしましょう」と言って、キーボードを叩くと、驚いたことに壁が緩やかに移動し、壁一杯に広がるスクリーンが現れました。そのスクリーン上にヨーロッパ印象派の絵を想像させるような映像が写しだされていました。さらにスクリーン上のアイコンをクリックすると画面が動き始めました。と! 部屋全体がパッと夕日に照らされたように明るくなりました。同時に何処からともなく、気持ちよい微風が自然のリズムで肌をかすめ始めたのです。その状況は、現実に高い塔からヨーロッパの港町を眺望しているような錯覚さえ憶えたほどでした。 遠景には古い教会やそそり立つ城壁の黒い影、前景には夕日にキラキラ、鮮やかに反射する穏やかな波が眩しい海、その波の合間を帆船がすべる様に移動して行く、さながら夕暮れを背景にしたヨーロッパの古い港町を見ているような印象を受けました。 私は清清しく暮れ行くひと時を、ベンチでパトラと仲睦ましく語り合う恋人同士のような錯覚に陥ったほどでした。「まるで古いヨーロッパの港町を二人で旅行しているような気分ですね」と囁くと、彼女は嬉しそうに「これはラムダ国の芸術家の作品なのよ」と微笑みながら肯くのです。この時のパトラの表情からは王女の威厳はすっかり消えていました。 恋する若い娘のようでもありました。私は初めの興奮から少し目も覚め、心は徐々に雰囲気に和んでいくように感じられたのでした。 しかしこの恋の戯れに(たわむれ)終わりはありませんでした。 時折見せるパトラのしっとりぬれた、男を誘うような眼差しに、引き込まれるようにパトラの肩に手をかけると、彼女は敢えて抵抗する風もなく、私の腕の中に寄りかかってくるのです。さらに彼女の胸、腰、大腿に私の体が触れても怒る風でもなく、少し興奮したかのような大きなため息をつくのです。 彼女は、男が発する刺激に明らかに反応する様子を示したのです。 それどころか、パドラは私の大腿から股間に手を伸ばし、私が興奮していることを確認すると「何故、あなたは“性の儀式”に参加しないのですか?」と少しなじる様な口調で詰問するのです。 この質問については、私が最も気にしていることでしたので、少し反抗するように「研究のことで、頭の中が一杯なのです。それに--」と答えかけたが、私が気にしている、もう一つの本当の理由について話すことには、少し躊躇い(ためらい)がありました。 しかし彼女は追っかけるように「それに?--何なのですか?」と少し眉をよせながら「あなたが来るのを心待ちにしている女も大勢いるのですよ。あなたには女の気持ちが理解できないのですか?」と怪訝そうな表情を見せるのです。ああ!この時のパドラのドキッとするほどの美しい横顔!しかも、だからこそどうしようもなく強い嫉妬で狂いそうになるほどの穏やかな顔----やっとの思いで激情を抑えると、私は自分の思っている事、つまりこの国に見られる男女の愛と性のあり方について、この時こそと、パドラに疑問をぶっつけたのです。「いえ、私にはこの国の恋愛のあり方やしきたりが我慢できないのです。この国には、男女の本当の愛がないように思えるのです。私には愛のない性はありえないと考えているのです」 パドラは一瞬困ったような表情を見せましたが、ゆっくり立ち上がり、私を説得するように「男女の愛はこの国にも勿論あるのです」と答え、続けて「しかしラムダ国人は愛と性とは別の次元の話と考えているのです」「少し長い話になりますが聞きますか?」と真剣な顔に戻って私を見つめました。 画面は、やがて夕日が沈み、街や帆船に灯が点り(ともり)その仄明るい光と星の青い光がまるで宝石のように暗黒の画面に浮かび上がり始めました。 時折流れ星が夜空を裂くように消えていきました。
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