ジョージ北峰の日記
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2005年11月03日(木) |
オーロラの伝説ー続き |
VIII ラムダ国へやってきてから、どれほどの月日が経過していたのか、私には全く分からなくなっていました。そして私の第一段階の研究は成功を収めようとしていました。この国では、体外受精研究がすでに著しく進んでいましたので、私のウイルスを使った動物の発生に関する研究の進行も予想以上に速く、巨大ネズミの作成プログラムの精度が、最初数%程度だったものがすでに90%を超えるに所まで達していました。さて、この国の科学者達は、このウイルスを使って種々の動物、さらには人間への応用まで考えようとしていました。この国では生物の進化を人為的に推し進めていたのです。最終的には人間にまで--! 現代人が文明の進歩に伴って失ってきた、有用と考えられるさまざまな遺伝子回復するべく、動物達の当該遺伝子を取り出し(クローニング)、人の染色体に組み込む実験をしていたのです。私の役割は、この計画をさらに推し進めることでした。 私がA国で取り出した、動物を巨大化する遺伝子は人が進化する過程ですでに淘汰され現在地球からはほとんど消失していたのですが、地球温暖化に伴う北極圏の氷山の融解によって、これまで氷山に閉じ込められていたウイルスが再度活性化したらしいのでした。 しかし人類はこのウイルスに対する抵抗力を遠い昔に捨てていました。 その為、北極圏に住む人々に、このウイルスが簡単に感染したらしいのです。 そんなウイルスを私が今回、偶然発見したのでした。 このウイルスには、例えば鳥やネズミを大型化し食用として使えないか、又この国の戦士の体格を改良することに利用できないかなど、それこそ数えきれないくらいの応用範囲が考えられたのです。 その為ウイルスのどの遺伝子が動物の巨大化や精巣癌の発生に関わっているのか、さらに人間を含めて生物の進化に使える遺伝子かどうか等を解明する必要がありました。 私は研究オタクと呼ばれるほど、科学研究に夢中になれる人間でした。そのことは決して恥じることではないと考えていました。 私は、この国に来るまで、科学に対する良い意味での神話、即ち「科学は、人類に幸福をもたらし、さらに地球上の生物も破滅から救うことが出来る」と“科学性善説”を単純に信じてきました。 西欧中世の暗黒時代から人々を解放したのは、紛れもなく近代科学者たちの新しい発見があったからだと学んでいましたから--。 つまり当時私は、科学は迷信や不条理な宗教的信念から人を救うことが出来る唯一の手段だと考ていました。 しかし今回この国に見られるような、遺伝子工学を使った人造生物の作成や進化の推進という実験を目の当たりにして、この科学技術が人類や生物界に本当に幸福をもたらすことが出来るのだろうか? 私には、この国の考え方や、やり方に本能的抵抗を感じ始めていました。 20世紀の大発見と言える、原子力エネルギーの開発が人類に無限のエネルギーを約束する一方、一度爆発すると人類のみならず地上の多数の生物を破滅しつくす可能性を秘める巨大な核兵器の開発に拍車がかかり、いやそればかりか現在広く普及しつつある平和利用のシンボルとも言える原子力発電所さえ、ひとたび事故が起こると人類を、いや地球全体を壊滅させる可能性があることを私は現実に見てきました。 又科学の進歩によって、ほんの一握りの人間が世界を権力で支配することさえ可能するということを知ってきました。 最近では科学がまた人類を滅ぼす可能性を秘めていることが明らかになってきたのです。
だから遺伝子工学が一時的に人類に益をもたらしたからと言って、本当に人類、地球を救える手段になると言えるのだろうか? 今、私はとんでもない実験に手を貸しているのではないか?など、良心の呵責に苦しみ始めていたのです。 (此処は一体何処なのだろう?地球なのだろうか?)等等-- 夜一人になると、次々と疑問が出てきて悩ましく、なかなか寝付けませんでした。むろん“性の儀式”に参加すれば、疲れきって眠ることも出来ましたが、一方この国の性習慣には馴染めないところもありました。私には“愛のない性”に馴染むことがどうしても出来ませんでした。さらに悪いことに、最近では、パドラに対する嫉妬心が私を苦しめることになってきたのです。 ある夜、仕事を終えて、私は自室の薄暗いスタンドの明かりで、睡眠薬代わりにウオッカのような強いアルコールを飲み、ギターのような弦楽器の奏でる静かな曲に耳を傾けていました。(私の部屋は一人で生活するには充分な広さで、ベッド、テーブル、机、書棚、それにホームバーに必要な食器一式が備え付けられていました。必要なら、朝オーダーしておくと、仕事から帰る迄にすべてが揃(そろえ)られていました。またオーディオ、テレビなどの機能を兼ね備えたコンピューターシステムが設置されていました。
この国にあり方について、そんなこんなとぼんやり考えていますと、ドアが密かに開く気配を感じました。 振り返ると、なんと其処にはパドラが立っているではありませんか。その頃、ラムダ国のあり方については兎も角、私はパドラには恋心を抱き始めていました(誰もがパトラを一目でも見れば、私と同様心惹かれるに違いありませんが)。しかし一方では、先ほど述べたような悩みも色々深かっただけに、パトラを見た瞬間の私の複雑な喜び! 読者は想像していただけるでしょうか。 私が驚きのあまり「パドラ!」と思わず声を出しますと、彼女は、「静かに!」という風に唇に指を当て、緊張する気配もなく私の傍に肩をスッとよせて座ったのです。それがとても自然で、彼女にはいつものような王女の風格が感じられせんでした。この国に普通に見られる女性のように白いドレスを身に着けていました。 パトラは何も言わずに、私の顔を愛しげに見つめてくれるのです。それから、グラスをそっと奪うと、呆気にとられている私を他所に、何の躊躇う様子もなく、口移しのキスを求めてきたのでした。 その彼女の情熱的な眼差し、甘い抱擁!私は今でも忘れることが出来ません。 それまで私は、絶えず彼女に女王としてのオーラを感じていました。パトラは私にとっては手の届かない女神のような特別な存在だったのです。 だから、今夜のように、ただの恋する女のように演ずる(?)姿が、私にはどうしても理解出来ませんでした。 いつものパトラならこんなに女らしい姿を決して見せることがありませんでした---だから、とても不思議に思えたのです。それがいっそう感激を大きくしたのかもしれませんでした。
この夜のパトラは兎に角違っていました。私に寄り添うとわざと抱かれるように力を抜いて目を閉じたのです。 甘酸っぱい香り、弾力的な肌触り、私はまるではじかれたように、力強く彼女を抱きしめ、夢中で唇を合わせていました。 そして--さらに驚いたことに、ドレスの下に彼女は身に何も着けていませんでした。
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