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■ (日記) ペイトンプレイス訪問記
死にたい、って自分から思った事なんて一度だって無かった。アタシだって死ぬのはとても怖いし、贅沢なんかできなくてもいいけど、多少なりとも人生に楽しみを見出しながら少しでも長く生きていたいもの・・・・・・。 別に悪事を働いてきたわけでもないし、人を貶めたり踏み台にしながら生きてきたわけでもないし、遊んで暮らしていたわけでもないし、様々なものに愛情や感謝の気持ちを持ちながら、アタシなりに少しでも暮らしが良くなるようにと努力や工夫はこらしては来たつもりだけど、何をしても一向に報われず、生活も良くならず、裏目裏目ばかりに人生が運んでゆくと、やはりアタシは生きていれば生きてるだけ、人様に迷惑になるって事なんだろうなぁ・・・って思えて来たりもする訳で・・・・・・。
特にこの3年ほどは、何も無くてもカツカツの生活だったのに、お金が掛かることばかりが立て続きに起こり、もしも助けてくれる人が居なければ、もうとっくにこの世には居られないほど心が折れることが多かったからなぁ・・・・・・。 こんなに正直に生きてるのに、ぐうたら神(アタシの中に内在する架空の神様)は、アタシに人生を楽しむためのお金は絶対にくれない算段で・・・。いや、楽しみはおろか、時には生きるためのお金さえくれない魂胆なんだ・・・と思ったら、何か虚しさよりも笑いさえ出てきて、これ以上人生やって行くのはもう無理・・・・・・と思えて来る訳で・・・・・・。
でもそんな気持ちになる度、アタシの周りには心温かな生き神様たちがたくさん居てくれて、ぐうたら神が意地悪で貧乏神で厄病神な分、その生き神様たちがアタシを何とか生かそうと力を貸し続けてくれた事に、心からの感謝も申し訳なさも感じながら生きてきた。 でもいい加減、人々に支えられながらでしか生きられない自分たちに感じて来た、情けなさや自己嫌悪も頂点に達し、ソロソロ見切りをつけなければいけないんだろうなぁ・・・。 そんな諦めを抱き、今回初めて店の客でもある市役所の障害福祉課の知人に、いざ食べていけなくなったら、死ぬ事以外やホームレスになる事意外でどんな方法があるのかを相談した上で、ある意味、自分の人生方針の覚悟を決めるため、その勇気付けになれば・・・と臨んだ東京行きだったのだ。
アタシの店は、顔も見たこともないアタシの日記の愛読者たちや、地元の友人達が、「もう一度マキュキュに店を持たせてあげたい」と、カンパを募ってくれて持てた大切な店なので、店をたたむ事は身を切られるほどの辛さなのだ。 なので、決心が出来ず、今まで悩みに悩み続けてきた。
アタシは【生活が立ち行かない=即、生活保護】と言う知識しかなかったし、それを受けるのは死んでも嫌だったので、市役所にその課の知人が居ても今まで話す勇気が無かったのだが、いざ覚悟を決めて話を詳しく聞いてみると、他にも色々な方法があるという事で幾分気も楽になったのだが・・・。 そんな色々な思いや店をやり続ける事に諦めを抱きながらの今回の東京行きだった・・・・・・。
新宿で(G)さんと待ち合わせをし、バスが渋滞で30分ほど遅れ、途中ハラハラドキドキしたが、無事に行き会え、スペイン料理屋で軽く飲みながら(軽くでもないか・・・ww)お腹を満たし、いよいよ憧れのペイトンプレイスへ・・・。 ドアの前で一呼吸し、(G)さんと「先に入ってよ」「いや、いや、マキさんが先にじゃなきゃ・・・」としばし譲り合い、もう一呼吸し、思い切ってドアを開けると、画像や写真で慣れ親しんだ、あの、こぼれるような優しい笑顔でケンさんはアタシたちを迎え入れてくれた。
ケンさんの笑顔を見た途端、もう既にアタシは泣きそうだったが、そこはぐっと堪え、席に座り、挨拶の後、皆で乾杯した。 店にはケンさんのお仲間もいらっしゃり、温かく歓迎してくださり、ささやかな手土産を皆で美味しい美味しいと食べてくださった。
ペイトンに付いた途端、何だか安心してしまい、初めてお邪魔した店なのにリラックスしすぎてしまい、かなり飲ませていただいたなぁ・・・・・・。 ケンさんに「マキュはもっとオバチャンオバチャンした人だと思ってた・・・」と言われ、ソレはもしかして年よりも若く見えるって事かな? と、チョット嬉し恥ずかしかった。 そして話の中で「私の日記、面白いですか?」と訊いたら、「うん、面白い」とはっきり言い切ってくださったことが何よりも嬉しかった。 しかし、どんな風に面白いかを(G)さんに語りかけたところあたりで、丁度トイレに行きたくなり、肝心なところが訊けずじまいだった(笑)
(G)さんもとても楽しんでくれているみたいで、色々な会話を弾ませながら飲んでいる内、徐々に酔いも回ってきて、いよいよケンさんのステージが始まった。 やはり、アタシは色々な想いがこみ上げてきて、しゃくりあげて大泣きしてしまった・・・。 アタシの一番聴きたかった歌「過ぎ去りし青春の日々」を最後に歌ってくださり、アタシは心の中で(この歌を聴きたくて聴きたくて、アタシは二年半も待っていたのだ・・・・・・。今こうして夢が叶い、この歌をケンさんの店で生で聴けているのは、望みを捨てず生き続けていたからこそじゃない・・・)と、自分自身に言い聞かせていた。
ケンさんのステージが終わり、アタシや(G)さんも歌わせていただき、何を歌ったのかもあまり覚えていないし、酔っていて上手く歌えなかったのだろうけど、お仲間達の歌も聞かせていただき、楽しく飲んでいるうちに(G)さんに時間が来て先に帰っていった。 「本当に何から何までお世話になりました。お陰でとても楽しい夜になりました」と(G)さんにお礼を言い、(G)さんを見送った後、ケンさんが「もう一軒皆で飲みに行くよ」とアタシも誘ってくださった。
行った店はケンさんのマイミクのKENKENさんのお店。 先ほどペイトンプレイスに居たお仲間の一人がKENKENさんの奥様で、とても仲むつまじい素敵なご夫婦なのだ。 普段はお二人でお店をやられているのかな? KENKENさんは、ハーフのようなエキゾチックなお顔つきで、もの凄く歌がお上手で、とても気さくな楽しい人だ。 お仲間の一人の歌に感動し、もう一人のお仲間の「再会」にお腹を抱えて笑い転げ、あまりの楽しさと嬉しさでアタシの酔いも頂点に・・・・・・。 もう後は何を話したか、何を歌ったか、あまり覚えても居ない・・・・・・。
お開きになり、ケンさんたちに見送られ、アタシはふらつく足取りで宿泊先のサウナへ・・・・・・。
歌舞伎町って良い街だ・・・・・・。アタシの心の故郷でも有る歌舞伎町。 アタシの不良デビューは16歳で、歌舞伎町からだった。 九段で店を営んでいた母の目を盗んでは、親友の節子と毎日毎日歌舞伎町で遊びまわっていたあの頃。 あの頃は絞り染めのTシャツに、裾をビロビロにしたスリムなジーンズを穿いたヒッピーやらフーテン族があちらこちらに屯し、街にはハードロックやヘビーロックが溢れ返っていて、とてもサイケデリックな街並みだった。
あの頃の歌舞伎町と今の歌舞伎町は様相こそ違うが、どこか欠落した淋しがり屋たちが皆で寄り添って支えあいながら生きている様子は、なんだか昔とちっとも変わっておらず、歌舞伎町を歩いているとあの頃に戻ったようなノスタルジックな気分になる。 どんな人をも温かく包み込んでくれる歌舞伎町がアタシは今でも大好きだ。
楽しかった余韻に浸りながらサウナのお風呂に浸り、「生きていなきゃこんな楽しさも味わえないんだよ」と独り言を言い、「命の洗濯ではなく、命の選択が出来た良いインナーとリップになったなぁ・・・」と呟きながら仮眠室で眠った。
明日はいよいよ、マイミクになったすずめ嬢と新宿御苑で散歩しながらのランチだ。 すずめ嬢とのランチ日記は又続きで書きますね。
ケンさん並びに、お世話になったお仲間達、本当に楽しくて意味深い夜をありがとうございました。心から感謝いたします。 又ぜひ遊びに行きたいです。 行けるように松本で頑張りますね。
どうか松本も良いところなので、是非一度皆さんで遊びに来てくださいね。
2010年11月15日(月)
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