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■ (日記)人間はちゃんと自分のシナリオを書いて生まれてくるらしい。
アタシはぐうたら神教【アタシ独自の神様】の猛烈な信者であり(笑)他の宗教には興味は無いし、又、入る必要性も無いのだが、精神世界の事にはかなり興味がある。 だからこの年になっていまだ神様達【神様の世界も大ボスが居て、社長や専務や常務が居て、その他モロモロの働き神が居る階級社会だと思っている】の存在を確信しているし、守護神や守護霊が居る事も信じていて、その人(?)達に如何に愛され、如何に彼等を味方につけるか・・・などと言う前向きで遊び心のある本が大好きだ。
ある本によると、人間は輪廻転生を繰り返す中で、霊界での修行具合や魂の清さ段階にも寄るらしいのだが、ある程度の修行が進んでいると、再び人間として修行をする為この世に配属される際、送り出す役割の神様と言うのも居て、その神様に「私は今度は○□のような人生を体験し魂を磨いて来たいと思います」と願望を書けるそうで、神様がGOサインを出すと、それに見合った両親のところにその人は宿るのだという。
医者になって修行をしたいとか、大学教授としての修行をしたいとか、歌手になりたいとか普通の凡人でいいとか・・・・・・。 その程度の我侭は許されるらしい。 ただ、悪行をし、魂の汚れがまだまだ酷い人は、我侭を受け入れては貰えず、それ相当の過酷な場所に配属されてしまうのだそうだ。
そこでアタシはどんな願書を出してこの世に生まれてきたのだろうか・・・と、ずっと考えていたのだが、きっとアタシは「人生そのものがドラマのような数奇な人生を歩んで修行をして来たいと思います」とか何とか言ったのではないかと思うのだ。
だからアタシの人生は色々な事が劇的で、苦しい事も嬉しい事も両極端に起こるのだと思う。 日々がドラマの連続で、一月単位もドラマの連続で、年単位もドラマの連続で・・・・・・。
ただ、アタシは物忘れが激しく、「ハッピーエンドで終わって来ます」と書き忘れてきたので、そうなるかならないかは自分のこれからの修行次第なのだ。
2009年11月08日(日)
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