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■ (日記) 誰か世直しプロジェクト、立ち上げてくれないかなぁ・・・。
昨日の日記にも多少関係ある話だが・・・・・・。 今の日本は狂っていて、徐々に人間としての心を失いつつある・・・と言うのは、当たり前といえば当たり前のような気もする。
今は人間の価値が金を持っているか持っていないか、能力が有るか無いか、だけで判断されてしまっているような、そんな気がするから・・・。 人間が勝ち組とか負け組みなど大雑把に分類され、資産家であったり地位のある人であったり、生涯安定した生活を約束された人種だけが、人間扱いされている・・・、と言う錯覚さえさせられる世の中なのだから・・・・・・。
一般家庭とは一体どんなレベルの家庭なのだろうか・・・とたまに考える。そこそこ食うには困らない比較的人間関係も平和な家庭の事を言うのだろう・・・・・・。 でも、そんな家庭は今の時代結構少ないのかもしれないし、一見平和に見えても何かしらの悩みを抱えている家庭も多いだろう。 又、それ以下の暮らしの人が如何に多いかと言う事にも、人々は全然目を向けようとはしていない気もする。
先日のニュースでは預貯金ゼロと言う家庭が大幅に増えていると言っていた。 それだけ生きるのが苦しい人が沢山居る事になる。
貯金をしたくても出来ない。旅行や贅沢な楽しみはおろか、医者に通いたくても通うお金すらない。そんなギリギリの状態で生きている人々は想像以上に沢山居るのだと思う。
結婚しても共働きを余儀なくされ、離婚率も高いので母子家庭や父子家庭も多い。仕事すらに就けない人も居る。 親自体がアップアップで心に余裕が全く無い。 しかし働かなければ食べて行けないので、子供を家に置き、子供と居てあげなきゃいけない時間を削り、取り敢えずは何でも良いからと仕事をする。 当然子供とのコミニケーションは希薄になり、親も仕事で疲れているので子供についつい辛く当たってしまったりもする。 自分はあまり子供に手は掛けられないのに、子供には過大期待をする。 子供は寂しさとストレスを貯め、小さい頃から我慢だけを強いられる。
昔は子供達が暗くなるまで公園や外で泥んこになって遊び、喧嘩をしながら人間関係やルールを学んでいったもので、例えば親が共働きの家庭の子供なども、近所の誰かしらの家でご飯を食べさせてもらったり、泊りに行かせてもらったり、「地域の子供は皆の子供」的な光景も良く見られたものだが、今ではそんな話、おとぎばなしのようなもので、そんな余裕が無い家庭が殆どで、隣近所の付き合いさえないのが現状だと思う。
なので子供は鍵っ子になり、「良い子にしてなさいね」「勉強するんですよ」と言われ、冷たいおやつを食べ、一人部屋に引きこもりゲームやネットで寂しさを紛らわすしかない。 まだゲームやネットを与えられている家庭は良い方かもしれない。 弁当さえ満足に持たせられない、もっと貧困な家庭も沢山あると思う。
そんな家庭の子供は学校に行っても皆とどう接して良いか話題も持てず孤立し、気の弱い子は苛められたりする・・・。 そんな鬱憤を少しずつ蓄えながら大人になって行き、攻撃は最大の防御のような人格が出来上がってしまう。
だから何が言いたいのかと言うと、政府はもっと底辺に居る色々な家庭や人々の事も把握し、心の叫びに耳を傾け、人間の生活と心を取り戻させる為の教育施設みたいなものを作る必要が有るように思えてならないのだ。 でなければ、格差は縮まらないばかりかどんどん広がり、世を儚む人が増え続け、とんでもない日本になってしまいそうな気がする。 それも形式ばった心の通わぬおざなりの施設ではなく、心を取り戻す為の施設なので、酸いも甘いも踏まえた人生経験豊富な人を配属しなければ意味は無い。 何か根本から考えていかないと、何も変わらないような気がする。
学問だけではなく、教養だけでもなく、人としての心や、優しさや、思いやりや、貧しいながらも何かで人生を楽しめる生き方法や、挫折感や絶望感からの脱し方などの勉強ができ、親子共々で通える施設や救済機関などを徹底して作っていかないと、世捨て人が増え、自殺者、他殺者が増え、益々凶暴化してしまうような気がする。
早く手を打たなければ・・・と誰もが今の日本の異様さを感じている筈なので、地位や名誉や有り余るお金が有る人で正義感に溢れた本物のセレブの人は、「日本を良き昭和時代に戻そう世」「世直し道場」的なプロジェクトを組み、是非是非立ち上がって欲しいなぁ・・・なんて思ったりした訳で・・・・・・。
一人や二人の力ではどうにもならないかもしれないけれど、そのような志の人達が沢山で手を組んだら、政治家には今の日本を救えなくても、もしかしたら・・・? などと夢物語を考えるのはアタシだけなのだろうか・・・。
2008年06月11日(水)
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