 |
 |
■■■
■■
■ (日記) 価値観の相違
今日は暑かった。 暑いというよりも、酷暑だ。 外を歩いていても、髪の毛から煙が出てくるんじゃないかと思うくらいの暑さだった。 そんな中でマラソンをしている人なんかも居るのだから、感心してしまう。 彼はこの酷暑の中で自分を奮い起こし、鍛える事で、何かの価値を見出しているのだろう・・・。 アタシはまねが出来ないなぁ・・・。頭が下がる思いだ。チョット感動なんかもしちゃったりする。 6月や7月でこんなに暑いのだから、8月はみんなの頭がかちかち山になるかも知れない。
サテサテ・・・、今日一日で『それは価値観の相違』と言う言葉を2度も耳にした。 一度目はスーパーで・・・、年配のご夫婦が今夜のおかずらしい冷奴の薬味にミョウガを加えるか加えないかでかなり揉めていたのだが、だんな様は生姜・ミョウガ・鰹節・長ネギを薬味にするのが絶対的らしい。 そして奥様はミョウガなどを加えるのは、邪道だとの一点張り。 そこでだんな様から『それは価値観の相違だよ』と言う言葉が出たわけだ。
たかが冷奴にミョウガを入れるか入れないかで、『価値観の相違』と言う言葉が出てくるのも摩訶不思議な事なのだが、そのご夫婦にとっては結構大きな問題なのかもしれない。 ちょつと面白がりながら、店の仕入れが出来た。
そして2度目は、図書館に向かった際、玄関先で携帯電話で会話している女性の口から『それはただ単に価値観の相違じゃないの!? 違う?』と言う言葉が聞こえてきたのだ。 まさか、立ち止まって聞き耳を立てるわけにも行かないので、話の内容は解らないのだが、一日に2度も同じ言葉を聞くのも、妙だ。
そもそも良く使われるこの言葉。 耳タコ語のひとつに思う。
どうも『価値観の相違』って、相違している事がいけない事のように使われるらしい。 しかも、ほとんどの人が自分の価値観が一番価値があると思っているらしいのだ。
でも、価値観なんか、人それぞれで違っていて当たり前のように思う。 10人居たら10の価値観があり、10の思いがあり、100人居たら100の価値観があり、100の思いがあるのは当然ではないのかなぁ?
皆、同じ親から産まれ、同じDNAを持ち、同じ環境で同じような人生を歩んできた訳ではないのだから、皆違って当たり前だと思う。 皆が同じ価値観や思いだったら尚更気味が悪い。
自分の価値観と違う価値観を持った人を、人々はゾンビィでも見るような目つきで見るが、どうして自分の価値観に人の価値観までくっ付けようとするのだろう。 くっ付かなければ、くっ付かない人の方を異常だと思い込む。
他人の価値観の違いを参考にしたり、面白がったり、認めないまでも、コバカにしたりしなければ、世の中もっと平和になれそうなのになぁ・・・・・・。
追伸。 ようやく明日から家のネットが復活する。 又、庭やあの景色を見ながら日記が書けると思うと、ワクワクするよ。
2005年07月21日(木)
|
|
 |