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■ (日記) 尖った人は大嫌いだ
アタシは基本的に平和主義者だ。 楽しい事が大好きなのだ。そして愉しんだり喜んだ人を見てるのも大好きだ。
なので自分から人に文句を言う事などは殆ど無い。 揉め事は好まないし、世の中の人間は、殆どがアタシよりも皆賢いと思っているので、人に苦言などおこがましいと思っている。 人をとやかく言える程、アタシは出来の良い人間でも偉くもない。 しかも、最近は一種悟りを開き、極力、前向きに、楽天的に、可笑しく、優しく、正しく、温かく生きようと自己改造している最中である。
でも、アタシには文句が言いやすいのか、遠慮容赦なく度を越してアタシにイチャモンを言ってくる人間に出会ったりもする。 何時も大抵は謝ったり、やり過ごしたりしている。 正直、揉め事はしっちら面倒くさいからなのだ。 あまり失礼な相手なら、そうそう大切な相手でない限り、そこで終われば良い事だ。 第一、然程好きでもない相手とやりあうなんて、エネルギーの無駄である。 そもそも、そんなに尖った人間は私の周りには要らない。 人の事をああだこうだ言う人間ほど、低レベルだと言う事も今では良く解る。出来の良い魅力的でステキナな人間は、決して人の事など言わないし、人の事を楽しくさせる事に夢中だ。 互いに高め合え、愉しみ合え、ためになる事を教えてくれ、穏やかな人間関係を保とうとする人以外、私はもう要らなくなっているのだ。 (互いを向上させる為の愛情が込められた、傷つける事が目的ではない真剣な忠告は別としてだ)
最近の日記も明るいので、人は私をかなり優しくて穏やかな人間だと思うようだ。 ただ、それに漬け込み、舐めて掛かる人間も出てくる。
でも、アタシだって人間だ。アンタなんかにそこまで言われる筋合いは無い! と、堪忍袋の緒が切れる事だってある。 ある我慢の限界が超えると、テメエハナンボノモンジャイ!! ソンナニテメエハエラインカイ!! と、こうなる訳だ。 大したことの無い人間に限って、人の事は言いたがるものだ。
決して自分から喧嘩は売らないが、我慢の度を越して切れると、アタシも相当なものだ。 女ヤクザさながらに豹変する。(笑)
この所、地球規模の乱気なのか、尖っている人間がやたらに目立つ。 何処も不平と不満と悪意剥き出しの悪口ばかりだ。 尖って人を不快にさせて何の得があるというのだろうか・・・・・・。 自分だって気分が悪いだろうに・・・・・・。 何故に皆で、ジョークで笑い合い、思いやりを持ち、許しあい、誉めあい、妥協しながら、楽しく生きて行かれないのだろう・・・・・・。 人を言い負かし、勝った気になって、孤独に喘いでる人が何人居る事か・・・・・・。
人を怒ったり貶めたり悪口ばかりを言うと(あくまでもこれは悪意を持ったもの)数十倍となって自分に跳ね返ってくると言うのは本当の事なのだ。 だから怒りのエネルギーや、負のエネルギーが多い人ほど、ずっとずっと同じ場所から這い上がれず、自分自身の苦しみが長びくだけなのに・・・・・・。 それにいち早く気付いた時点で、自分の意識を変えて行けば楽しい人生がすぐ隣に居る。 早いモン勝ちなのだ。
尖るより、怒る事より、笑い合っていた方がどれだけ自分自身が気分爽快なものか・・・。 あの布団叩きの小母さんじゃないが、何かに怒り狂っている人間は有る意味滑稽である。
2005年06月28日(火)
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