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■ (日記) とっても充実したGWだった
このGWは日曜以外はずっと仕事をしていた。 店を始めるまで約6年以上のブランクもあり、経営側としては久々に向かえるGWなので昨今の状況が把握できず、果たして営業していてお客は来るのか? などの不安は少々有った物の、やはり私はこの仕事が大好きで大好きで溜まらないようだ・・・・・・。 下手なところへ出掛けるよりも、店に居た方がずっと楽しい。 なのでGWはずっと営業をしてたのだが、普段来られない人などが来てくれたり、フゥーリィーを含みながら様々な常連達と奥の深い楽しい話なども出来たりして、とても充実した素晴らしいGWになった。
無論お祭り騒ぎの日も有り、静かな日も有りで、忙しさはまちまちだったが、それも本当にぐうたら神が意図的なシグナルを発信してくれているようで、皆でワイワイ楽しむ日と、大切な事を勉強させてくれる日とを交互に作ってくれているようだった・・・。 最近、店を始めてからは、ぐうたら神が【ぐうたら】に見えなくなってきたから不思議だ・・・・・・。中々頼もしい頼りがいの有る神様になって来た。
やりたい事や、じっくりと考えたい事も有って、此処3日ばかり日記に手が回せずに居たのだが、奥底から自分を見詰め直す事も出来、又、自分が持っていた信念が満更間違いだらけではなかった事も再確認され、それが大きな喜びとなり、又、自信にも繋がり、充実した良いGWだった。
東京から来た【T】にも10年ぶりで会えたし、親友の【M】との2日間もとても楽しかったし、【KS】達の仲間にも沢山会え、人脈が広がり、料理の幅も広がった。 最近仲良しになった常連カップルのミィちゃんからは、今の揺れる気持ちにピリオドを打ってくれるような、とても意味深く、ありがたく、正に今の心境にタイムリーな本を借りる事が出来た。 昨日は運良く(?)お茶っ引きだったので、ゆっくりとその一冊の本を読み終える出来た。 それで益々、自分の選んで歩んで来た道や、考えが間違いだけではなかったのだと確信する事が出来たのだ。
その本に寄ると、人間は誰もが、自分が大好きで自分を最大限に生かせるライフワークを選び、好きな人間だけを選び、人生を楽しみながら生きて行って良いのだと言う。 自分の置かれた場所から、一歩上を目指す時、思い悩み、自信を無くし、不安に思い、失敗を恐れる余り、こんな事がやりたいと言う夢は有っても、自分の心が作り上げる様々な面からのブレーキを掛け、進めないで居るらしい。 前にも書いたが、やらずに後悔するよりも、やって挫折する方が良いと言うのは、どうも正論だったようだ。 そして失敗や挫折や不運な出来事や痛みは、それが大きければ大きいほど、必ず次に進むための最大のチャンスになるのだという。
自分の魂の叫びに忠実に、自分の感性を信じ、自分の気持ちを信じ、勇気を持ち、自分の為になり得る健全な心の持ち主の教えやアドバイスを乞い、情報交換をし合い、幸せや楽しみを分かち合いながら気持ち良く楽しく生きて行ける環境作りをして行く。 それだけで良いのだそうだ。
今を幸せに生きている人々は、誰もが人間関係の総入れ替えや、今までの自分の固定観念を脱ぎ去る事をして来たと言う。 自分の直感を信じ、人間性を見る目を養い、人に向ける怒りや悪意は極力捨て去り許し、それでもマイナス要因を齎す環境からは踏み出す勇気を持ち、自分の存在価値を見出し、自分を愛し、これからの人生が良くなると言う信念だけを持ち続け、楽しく仕事をし、心から楽しめる仲間たちと生きる事。 それが一番大切な事なのだと書いてある。
ともすれば、好きな事だけをやり、好きな人だけに囲まれるなんて、夢物語で贅沢で虫の良い話に聞こえるだろうが、それで良いのだそうだ。
類友という言葉が有るが、やはり同じ魂を持った者は自然に寄せ合い、同じ魂でない物同士ははじき合う。 人と出会い、離れるのは、どちらが良い悪いではなく、所詮合わない者同士は、どうしたって合わないのだ。 価値観も考え方も道徳観もキャパも人それぞれ全然違う。 一瞬共感できたと思っても、違和感を生じて来るのも又当然のことかもしれない。 しかし違和感を覚えながらも無理をして付き合って行く事は決して健全ではない。 こちらから切り離したり、あちらから切り離されたりしながら、本当に心から信頼できる安心できる人間関係を形成して行けばそれで良いのだそうだ。
それから、夢を捨てず持ち続けていれば必ず夢は叶うと言う。諦めないで願い続け、心掛けを良い方向に変えて行ければ自分の願った通りの人生になっていくと言う。
人間は子供の頃から、色々な物を強いられながら育って行く。なので一種の固定観念や強迫観念が誰しも植え付けられるらしい。 何はしてはいけません。これはしなくちゃいけません。人の列から外れてはいけません。好きな事ばかりしていてはいけません。嫌な事から初めなければなりません。勉強をしなければいけません。欲しい物は我慢しなさい。何を習いなさい。これはお金にならないから辞めなさい。etc・・・・・・。 嫌な事を無理やり強いるのも、やりたいように出来ないのも虐待と同じだと言う。 人間は自分自身を虐待しながら生きている人が多いと言う。 無論、やりたい事とは好き勝手にし放題という事や悪意を孕んだ快楽とは違う。 自分の夢を叶えるために、自分の魂が本当にやりたがっている事を楽しみながらやるという事だ。
人間は人生を楽しむために生きなければならない。誰もがその権利を持っている。 自分にもたらしているマイナス要因を早く見極め、夢や信念をつらぬくために一歩を踏み出し、プラスの要因を引き寄せながら、一生懸命楽しんで生きている内に知らず知らず自然に幸せな人生を歩めるようになって来るという。 その本の一番説きたい事はそこのようだ。
自分の魂に合った、住み心地の良い環境に身を置き、自分自身が心底楽しめる仕事を見つけ出し、楽しみ合い、成長し合える人達で周りを囲み、健全に生きる。その資格と価値は誰もが持って産まれてくるらしい。 それを生かすか殺すかは本人の成長次第だそうだ。 そして失敗や、挫折感や、マイナス面の出来事が、大きければ大きいほど、その時期は飛躍の大きなチャンス時期らしい。 なので失敗は恐れるに値しない。 いずれ心と生活に余裕が出来始めたら、人生の協力者に心から感謝し、恩を返し、今度は自分が分け与え、分かち合って行く・・・・・・。 それで良いのだそうだ。 大きく吹っ切れた物が有る。
目からうろこだった・・・・・・。
2005年05月06日(金)
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