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■ (日記) 叱られると言う事
人に叱られるのが好きだと言う人は中々居ない。 私も人には誉められるより、叱られる事の方が圧倒的に多い人間なので、そのたび【又か・・・うんざりだわさ・・・】となっていた。 叱られる度、言い訳をしたり反発をしたり、自己弁護ばかりをしていたように思う。
でも、先日、初めて図書館デビューをした日に、ふと手にした本を読んで、この本こそ、正に私が一番読むべき本だったのだと言う感動にぶち当たった。(言い回し、変だわね・・・・。マキュキュ語と言う事で・・・笑) その本は【気配りの極意 著者=伊吹卓】という本だ。
店を始めるために少し勉強しようとして、何気なく手にした本なのだが、店をやるためだけではなく、私の人生の最高の教科書になった。
挫折感や、失敗や、自己嫌悪だらけの私の人生は、その原因が【妥協の無さ】から来ている物だと解った。 誰しも多かれ少なかれ、心の飢えは感じているらしい。 でも普通は、途中で妥協したり諦めたりする物だそうだ。 妥協したら生きられない人がもがき続け、苦しみ続け、それでも中々旨く事が運ばず、ついにはどん底に落ち、死にたくなってしまったりもするのだそうだ。 でも、やはり死にたくない・・・、と、どん底から空を見上げた時、初めて自分の生き様を知るのだそうです。 後から思うとその時が【我を捨てた時】だそうです。言い換えればその時が人生最大のチャンスだそうです。
きっとこの著者も妥協の出来ない人間だったのでしょう・・・・・・。地獄を見た人なのでしょう・・・・・・。 だからこそ、【何奇麗事言ってんだか・・・】とは思わずに、私の心にジュンジュンと浸透してきたのだと思う。
我を捨てると不思議に【私が、私が】といっていた気持ちがなくなるそうです。 そして何かにつけ、感謝の気持ちや謙虚な気持ちが芽生えてくるそうです。 そして心をこめて【ありがとう】という言葉が出始めてくると、人生が楽しくなって上手く行くようになるのだそうです。
やはり人間の言葉で一番美しいのは【ありがとう】と【ごめんなさい】に尽きるのだ・・・・・・。 一番当たり前でいて、一番言いにくい言葉。 でも、摂理が解ってくると、それが自然に出てくるようになるのですって。 そうなれば占めた物。(笑) そう切り替えた途端、人生がステキな物になるそうです。
そうは言っても、人間は感情に支配されるものなので、中々強く叱られた時に【ごめんなさい】とは言えないものだ・・・・・・。 アナタに言われたくないとか、私よりも劣ってるくせにとか、様々な思いが巡る。 でも、風が吹けば桶屋が儲かる式に、順立てて考えていくと、その二つの言葉を素直に出せば出すほど、人生が上手く楽しくなって行くとなるとしたら、出来ない事も無さそうだ。 物は試しだと言う気になるではないか。
どんな人に叱られても、それは人にそういう風に見られていると言う事を気付かせてもらっているという事なので、感謝し、受け入れる方がはるかに利口だそうです。 その人の言い方や、その人の優劣は関係ないのだ。 誰に叱られても【教えていただいてありがとう。気付かせてくれてありがとう】と思えたら、その時点からステキな人生がスタートするなら嬉しいじゃない。 【もちろん心がこもっていなければダメ。上辺の台詞では何もならないそうだが・・・】
ただ、叱る方も相手を傷付ける目的や、やり込める為や、攻撃するだけの目的ではいけない。 それでは叱るのではなく、単なる嫌がらせや虐めになってしまう。 叱られる方も叱る方も相手に対する配慮や思いやりが必要のようだ。
この本はいずれ余裕が出来たら是非買おうと思う。 もう直ぐ返す期日がやってくる。 出来るだけ重要な部分をパソコンに仕舞い込み、極力実践していこうと思う。
ハテ・・・(?)本当に実践できるかなぁ・・・・・・。【チト心配・・・】
2005年02月21日(月)
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