マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 【エッセイ】 聖母バアバ


【聖母バアバ】

昨日、従姉妹との電話で、東京に住むバアバ(義祖母)が入院した事を聞かされた・・・・・・。
身体の様々な機能が低下しているようだ・・・・・・。
もう、93歳だ・・・。いくら元気だったバアバでも仕方がないのだろう。

以前の日記に、私が50年間生きてきた中で、神様のような人と、ほんの数人だけ出逢った事がある。と、書いたが、その中の一人が、バアバだ。
バアバは、私達親族にとって、マザーテレサのような人だった・・・・・・。


バアバは1912年生まれだそうで、今年93歳になった。
耳は遠くなり、目も大分悪くなり、10年ほど前に軽い乳癌にもなったが、手術をし、その後なにもなく、つい先日まで元気にひ孫と暮らしていた。

バアバは私の祖父【中山呑海】の後妻で、旧姓を油出玉子(ゆでたまこ)という。
女学校時代、学業に優秀だったバアバは、何かに付け表彰されるたび、自分の名前を大々的に呼ばれ、皆に笑われ恥ずかしい思いをしたと、苦笑しながら語っていた。

私の実の祖父と祖母は、内縁関係にあったらしく、正式に婚姻をしてたわけではなかったそうだ。映画関係の著書の記述によると、若手女優だった祖母は監督だった祖父に手篭めにされたと書いてある。【芸能界では未だによく有る話だ】
愛人関係の中、3人の子を儲けた後、二人は別れ、祖母は他の男優と結婚し、祖父が私の母を含めた3人の女児を引き取ったらしい。

その後、祖父はバアバを見初め結婚した。
なので、バアバはいきなり3人の子持ちの祖父と結婚した事になる。
未だ自分では一人の子供を産んだ経験も無いバアバは、3姉妹の継母となり、それから先のバアバの人生は、波乱に満ち、子育てと人の家の世話を焼く事だけに幕を開け、幕を閉じると言う、奉仕一筋の生涯を送る事となる。

様々な気苦労をしてきた事は、容易に想像できる。
世間的には、継母イコール【意地悪】と言うイメージが有るが、その正反対もある。バアバはどの子も実の子のように分け隔てなく可愛がったようだ。

私の母は、大変な母っ子で、両親が離れ離れになったのはバアバのせいだと思い、後妻に入って来たバアバを一時恨み、反抗的な態度を取り続けていたと言う・・・・・・。そんな母も「あの人こそ神様のような人間だったわ・・・」と、しみじみ語っていた。

中山呑海は、サイレント映画時代の映画監督でもあり、物書きでもあり、脚本家でもあり、米粒に文字を書いたり、春画などを描いていた不良画家【?】でもあった。
多彩な才能を発揮していたとは書かれているが、道楽人で貧乏人だったそうだ。
何しろ、相当なハチャメチャ人間だったのだろう。

そんな祖父に嫁ぎ、血の繋がらない娘達を育て馴らすのは、容易な事ではなかったはずだ。
後に、祖父は走行中に扉が開いてしまうという、京王線の不慮の事故で壮絶な死を遂げた。

愛する夫に先立たれ、残ったのは三人の血の繋がらない娘だけ。それでもバアバは見放さず、自分の子として女手一つで再婚もせず育てたのだ。

数年後、長女だった伯母が結婚をし、一人娘【A】を出産し、後に離婚。
幼子【A】を連れ戻った伯母は、やがて喜劇王と言われた、【故MN】の妻となる。しかし、まだ売り出し中だった伯父には経済力も無く【A】までは引取れないとの事で【A】は一時期バアバの養女と言う形にし、バアバが育てていたのだ。
伯父が売れ出し、新居を構え、伯母は伯父との間に新たに一男二女を設ける。

次女である私の母は、全く売れない喜劇役者の妻になる。
そして、三女の叔母は、やはり2枚目俳優で有名だった【故HH】の妻となった。

やがてバアバと【A】も、伯父宅に移り住み、様々な家事を手伝いながら、その【A】を含む,義孫全ての世話を焼きながら、ほぼお手伝いさんのような形で伯父宅で暮らしていた。
幼かった私のバアバへの記憶が芽生え始めたのはその頃からだ。

四谷にある伯母の家に遊びに行く度、朝食の世話から寝るまで、全ての世話を焼いてくれるのは、いつもバアバ一人だ。
伯父が有名人なので訪問客も多い。
バアバの仕事量の多さは、計り知れたものではない。

大勢のいとこ達とお風呂に入る時など、良くバアバは、お岩さんの怪談話やら、ジュゲムの落語などを聞かせてくれた。
母の妹であるもう一人の叔母の子供達も一同に集まれば、子供らだけで7人ほどになる。その全ての義孫達は多かれ少なかれ、皆、バアバの世話になって来た。
そして、バアバは、溢れる優しさの中にも、おっかない面もあり(笑)皆バアバに説教をされたり、叱られながら成長してきたのだ。
一人っ子で寂しかった私はしょっちゅう伯母の家に泊まり、大勢のいとこ達と遊ぶのが唯一の楽しみだった。

養女としての【A】を、実の子供のように大事に大事に育てあげ、大学にやり、やがて年月を経て【A】はFTVの若手プロデューサー【S】と結婚した。そして二人が構えた新居に、ようやくバアバも移り住むようになったのだ。
【A】に長男【G】が生まれ、新たな4人の生活が始まった。

その頃になると私は松本に移り住み、バアバ達とも疎遠になっていった。
たまに東京に帰ると、中野新橋のバアバの家に泊めてもらったり、四谷の伯母の家に泊めてもらったりしていたくらいだ。

そして年月が経て、若手プロデューサーだった【S】は、どんどん出世し、素晴らしいドラマや映画を手掛ける超有名監督になった。一方【A】は有名タレントのマネージャー等を勤め、二人とも忙しい。
やはり、バアバは可愛いひ孫の面倒を見ながら、【S】家に仕えていたのだ。
バアバも【A】も【S】も【G】も、その頃が最高潮に幸せな時期だった事だろう・・・・・・。

平成3年に私の母が亡くなり、次の年には、伯母が亡くなり、そしてその次の年に、【A】が47歳と言う若さで亡くなった・・・・・・。全員、病気は癌である。
特に【A】の癌はスキルス性の物であり、発病から僅かな期間で亡くなってしまった。なので、3年間で相次いで3人の身内が亡くなった事になる・・・・・・。
【A】が亡くなった時のバアバの憔悴振りは、今でもはっきりとこの目に焼き付いている。

そしてバアバは【S】家に残り、【S】と、ひ孫の【G】の世話を焼きながら、暮らしていた。

またまた時を経て、数年前【S】は再婚し、別の場所に新居を設け、長男である【G】はバアバの元に留まる事を決め、無論父親である【S】との交流は有るだろうし、多少の援助は受けているだろうが、今ではバアバと【G】との二人だけで生活をしているのである。
93歳になった今も、仕事から帰る【G】の食事の世話をし、働き通しだったバアバ・・・・・・。

それが聖母バアバの私が知る歴史である。


今書いたものを整理して読み返して見ても、改めてバアバを尊敬する。
何て慈悲深い人生なんだろうか・・・・・・。
私達の親戚関係は、辛らつ、辛口、ひねくれ者が多いけど、バアバの悪口を言う人間は誰一人も居ない。
バアバに何かを言われれば、絶対に太刀打ちできない事を誰もが知っている。
それほどバアバは正義感に溢れ、正しく、綺麗に生きてきた人なのだ。
皆みんな、そんなバアバが大好きでたまらない。

複雑な人間に嫁ぎ、複雑な生活を強いられ、複雑な人間模様の中でいつも笑顔を絶やさず、常に運命に感謝し、何一つ文句も言わずに、「ありがたい。ありがたい」と言いながら、皆に慕われていたバアバ。

93歳での入院は、深刻だ。
もう十分にやりつくしたと言う、神様からのご褒美なのかもしれない。
もしかしたら、神様がバアバを連れ去るかもしれない・・・・・・。
そんな不安がよぎる。

青春を捨て、女を捨て、自我を捨て、欲を捨て、与える事のみに喜びを抱いていたバアバ・・・・・・。

先日いとこ達が見舞いに行った時、バアバは病室のベッドの中で、まだひ孫のための、新年のおせち料理の心配をしていたと言う・・・・・・。(苦笑)
「すみませんねぇ、心配かけちゃって・・・。大丈夫ですよ。すぐに元気になっちゃいますから・・・。それより今年はオセチ、注文しなきゃいけませんねぇ」と、苦笑していたと言う・・・・・・。

バアバ・・・・・・、もう良いよ・・・・・・。
頼むから少しはゆっくり休んでよ・・・・・・。


疎遠だったバアバと此処最近、交流を沢山持つことが出来た。
どうしてもバアバと話していると長電話になってしまうので、殆どこちらから電話も掛けられずに居たのだが、この所、電話で何度も話した。
電話をするたび、バアバは「可愛い孫が松本にも居るんだって、いつも思ってるのよ。宝くじが当たったらアンタに半分わけてあげるからね」と言ってくれている・・・・・・。(笑)

いつも、「大丈夫、元気よ」と言ってたバアバが、初めて自ら「病院に連れてって欲しい」と言ったそうだ。
余程辛かったのだろう・・・・・・。
先生は、老衰だと診断したそうだ。何らかの検査や処置をするには、もう、体力が無いので可哀想だと言っているらしい・・・・・・。
今、バアバの足全体に水が溜まり、細かった足がパンパンに膨れ上がってると言う・・・・・・。
私の膝に、数十年ぶりに水が溜まったのは、何かの虫の知らせだろうか・・・・・・。
今直ぐにでもお見舞いに行きたいが、経済的にも仕事的にも、それが出来ないのが死ぬほど辛い・・・・・・。

バアバを絶対に失いたくない。と言う気持ちと、バアバをもうそろそろ、楽にしてやらなきゃと言う気持ちと、皆の気持ちが複雑に揺れている。
元気になってしまえば、又、バアバは無理をして、張り切っちゃうに決まっているのだから・・・・・・。

そんな風に、赤の他人である家系の人間全てに、慈悲深い愛情と、沢山の教えと、沢山の優しさと、沢山の想い出を与え続けてくれているバアバを、心から褒め称えてあげたくて、今日のエッセイを書いた。
日記としてではなく、今日はエッセイのツモリで真剣に書いた。

貴女は本当に、親子愛の薄い家系を持った私達にとってのマザーテレサです。
子供を一人も産んでいない貴女は、この世の誰よりも、素晴らしく立派な母親です。
貴女に苦しみや痛みが起きないよう、精一杯松本から祈りをささげます。
バアバ、頑張ってね。
貴女に逢いたいよ・・・・・・。


バアバ、アナタノジンセイハ、ホントウニ、シアワセダッタノデスカ?
ソシテアナタハ、マダ、ヒトニツカエヨウトイウノデスカ?
ドウスレバ、アナタノヨウニ、ジアイダケニイキラレルヨウニナレルノデスカ?
モットモット、アナタニオシエテホシイコトガ、タクサンアルノデス。




2004年12月16日(木)

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